駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 9

第9話



日本経済の中心地。東京、大手町。
その中でも一際高くそびえ立つ、花沢物産本社ビル。
僅かに口を開けたまま上を見上げ、そこから視線を目の前の入り口に戻し、内心で『よし!』と気合いを入れる。
一緒に来ていた山口に声を掛け、建物内部に入る。
受付から外来証を受け取り、自動改札機のようなゲートを通り、更に奥へ。


「弁護士の牧野です」

応接室に通され、待たされること30分。
約束していた時間を大きく遅れていたのにも関わらず、入ってきた課長という男から、詫びの一言もないことに
内心で怒りながらも冷静を装い、名刺を差し出す。

つくしの目の前に現れたのは、山口と同じチームのチーフという男とその上司である、問題の課長。
若いチーフの方は、つくしに向かって遅刻を詫び、きちんと一礼をしたが、課長という男はおざなりの挨拶をする。

小さな、街の無名法律事務所。
まだ弁護士になって間もない新米弁護士。しかも女性。
課長という男の、つくしに対する軽視の様子が明らかに判る。
近年女性弁護士も増えたが、全国で35,000人ほど弁護士が居る中、女性弁護士は6,000人前後。
依然、『士族(士の付く職種)は男性の仕事』という考えに偏りがちなのは仕方がない。
敢えてその視線を無視し、つくしは口を開いた。


「先ずは…お互いの意見の食い違いがあると困りますので、ボイスレコーダーを置かせて頂きます。
こちらでの会話を、不当に外へ出すことはございません。
あくまでも、意見相違がないかの確認に使用致します。宜しいですね?」

案の定、課長の男の方が文句を言ってくるのを、意見相違の確認を強調し、合意した場合には目の前で消去する旨を伝える。

「逆に伺いますが、録音されて何か問題になることでも?」
多少強引だが、是、と言わせるように仕向ける。

会議などで慣れているのだろう。
チーフの方には会話の録音に抵抗がないらしい。
結局若いチーフの提案で、会社側も同様に会話を録音し、合意の時には双方で消去する、ということで決着が付いた。


「先に内容はご呈示していたかと思いますが、ご覧頂けましたか?」
「はい。確認させて頂きました」
チーフの男性が答える。

「こちらと致しましては、表だって争うというより、当然の権利を認めて頂きたいのです。
ご存じかと思いますが、性別や育児が理由の解雇は、不当解雇として、現在は禁じられております」
業と『ご存じかと』の部分に力を込める。

「はぎ…否、山口さんの主張は、あくまで弊社への勤務を望まれている、という事で宜しいですね」
落ち着いた口調で確認をする男性に、つくしがそうです、と頷く。

「ですが、自分が辞めたいって言っていたのを、急にまた働きたいと言われてもねぇ…」
「わ…私は辞めたいとは言っていません…!」
課長の言葉に反応をしたのをつくしが制し、口を開く。

「御社からの自主退職の強要。これは明らかな違反です。
それに、山口さんが妊娠中、通院休暇(※)を申請されているそうですがすべて却下、欠勤扱いになっております。
御社の就業規定では、通院休暇は有給扱いだそうですね。
これも明らかな違反となります」

つくしが次々に、それまであったマタハラの事実を述べる。
旗色が悪くなったからか、課長の男がわなわなと震え始める。

「とにかく、一端上と確認致しまして、改めてご連絡させて頂きます」
チーフの男の方が無難に乗り切ろうとするが、それで引き下がる訳にはいかない。
具体的な回答日時を要求し、1週間後にと迫ると、課長の方が慌てだした。

「そ…そんなこと出来るかっ」
課長の態度は自らの保身が現れている。

上にこの件を上げれば、課長の管理責任が問われ、かといって放置すれば裁判沙汰。
どちらにしてもこの課長の評価が上がることはない。

つくしから見れば自業自得、同情の余地などないのだが、隣に座るチーフという男のことは気の毒に感じる。
依頼者からの話によれば、チーフはマタハラもせず、自分の妻が妊娠中なこともあり、妊婦の彼女を気遣ってくれたとのこと。
つくしからの要求と、課長との板挟みになっているようだ。
可愛そうだとは思うが、ここは弁護士としての仕事に徹しなければならない。

隣に座る山口に視線を向け、確認するようにひとつ頷く。
前へ向き直ると、次のカードを切る。

「このままでは平行線ですね。そちらのご意見は判りました。
こちらとしては、然るべき措置を取らせて頂きます」




※妊娠中の通院休暇
妊娠中の女性が定期検診等で休むために与えられる休暇。
会社の就業規則等に無くても、取得する事が出来る。
(有給・無給は会社の規定による。無給だとしても、法律上問題はない)
会社側は、通院のためにその社員の有給休暇を使うよう
示唆することは出来ない。
但し、本人が『自分の有給を使って通院したい』と申し出るのは可。


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