駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 11

第11話



時間にしたらほんの数秒。瞬く間の時間。
だが、つくしには永遠に近い時間に思えた。
類にとっても同じだったようで、驚いた表情のまま、つくしの顔を見つめている。

「専務…?」
類の背後から一緒に降りてきた男性が、不思議そうに声を掛けると、類の表情が一転する。

「………何事……?」

エレベーターホールでの只ならぬ雰囲気を察し、その場に居た課長とチーフに向かって声を掛ける。
2人とも直立不動の姿勢のまま口籠もり、中々話そうとしない。

類の視線がつくしへ向けられる。


-好きだよ。牧野が。
そう言って笑ってくれた瞳ではない。
無機質な、冷たい瞳。
ずっと以前
-まだ非常階段で会ったばかりの頃の瞳に何処か似ている。

言いたい事はあるのに、言わなくてはいけない事もあるのに、つくしの舌は凍り付いたように動かない。


「……牧野先生……」

つくしの背後から恐る恐る声を掛けた山口の声にはっとし、ここに来た理由を思い出す。
自分は弁護士なのだ。
どういう形であれ、それを忘れてはならない。
個人的な思いは封印し、つくしも仕事の顔に戻る。

「弁護士の牧野です。
山口淑子さんの不当解雇の件で参りましたが、ご担当の方にはご理解頂けませんでした。
今日はこれで失礼致します」
「………待って……」
一礼し、去ろうとしたつくしを、類の一言が引き留める。

「事実確認をして、連絡する」
「…ですが…」
「…俺は、嘘はつかないよ」

-牧野と違って。

つくしを見る類の瞳がそう告げていた。
思わずつくしの息が止まりそうになる。
類はそれ以上はつくしに何も言わず、隣に立つ男に一言二言告げると、そのまま奥の会議室へを去って行った。


「牧野先生」
その場に足が張り付いたかのように動けないつくしに対し、類と共に降りてきた男性が声を掛ける。

「専務、花沢の秘書、田村と申します。
今回の件は、大変失礼を致しました。以後、私がこの件を引き継ぎます。
勝手を申し上げますが、引き継ぎの関係上、1週間ほどお時間を頂いても宜しいでしょうか?」

隙の無い所作でつくしに対し名刺を渡す。
つくしも自分の名刺を渡し、口を開いた。

「…1週間でお返事が頂けるのですね?」
「はい。必ずご連絡致します」

1週間は待つ、というのは最初の予定通りだ。
つくしは山口に意思確認をし、了解する旨を告げると、エレベーターに乗った。




「牧野先生は専務のお知り合いなのですか?」
本社ビルを出た処で山口が話しかけて来る。

「え…はい…まぁ…何というか…」
しどろもどろに、自分の出身校が英徳であることを告げる。

「専務ってずっとフランスに居た筈なんですけど、帰国されていたんですね。
やっぱりあの話なのかな…?」
「……何か…あるんですか………?」
内心どきりとしつつ尋ねる。

「今度、社長か会長職に退いて、専務が社長になるって。
その時に一緒に婚約発表があるっていう噂なんですよ。
フランスでも色々と話はあったみたいなんですけどね…」

その後もしきりに話す彼女に対し、つくしは曖昧に相槌を打つ。
地下鉄の入り口で別れた後も、どうやって事務所まで戻って来たのか判らない。


類の父親が来て、類と『別れた』のが大学4年の春。
あれから既に5年の年月が流れている。
先月末の誕生日で、類も27歳になっている筈だ。
Jr.として、婚約、結婚の話があるには遅すぎるくらいだ。

事実、司はつくしが天草法律事務所に勤めた年に、何処ぞの令嬢と結婚し、あきらも一昨年に婚約、昨年結婚をしている。
それなりの浮き名を流す風流人、総二郎はともかく、企業Jr.の類が、何時までも独りで居る筈がない。



「牧野先生、お先に失礼します-」
「あ…お疲れ様…」
挨拶を返し、事務所にはつくし一人。

静かになった事務所の中で、つくしがマウスを操作する音だけが響く。
ネット画面に映るのは、先程つくしが山口から聞いた内容に近いもの。

『花沢物産専務 花沢類。遂に婚約か!?』
映し出される、不鮮明なツーショット画面。

ぽたり。
つくしの目から落ちたものが、マウスを握る手の甲を濡らす。

司の結婚はショックではあったものの、半分は諦めもあった。
凍るような鋭い司の目は、記憶の無いときにつくしを見たときのものと同じ。
誰かから話を聞いた訳ではないが、つくしには判った。
司の記憶障害は治ってはいない。
つまり、司の記憶の中に、自分は居ないのだ。
それは堪らなく淋しいものだったが、何処か納得している自分が居た。

なのに…

ぽたり、ぽたり。
更につくしの手の甲を濡らす。


-変なの…そんなの、とっくに判っていたことじゃない…

それでもつくしは、溢れるものを止めることが出来なかった。


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