駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 13

第13話



「では明日、またご連絡致します」
「はい。先生。ありがとうございました」

来客用の応接室を出たエレベーターホールで、山口とは別れる。
時計を見ると既に17時半を回っていた。
子供を預けている山口にとっては、早く家に戻りたい時刻。
今日出された提案の打ち合わせは翌日に回すことにし、つくしは田村に促されるまま、会社に残ることとなった。
下へ降りるエレベーターには、山口と共にチーフの男性も乗る。
その安堵の表情から、同じ職場の仲間として話したいこともあるのだろう。
一礼をする山口につくしも頭を下げると、田村の方へと向き直った。

「それで…ご相談とは…?」
「はい。先ずはこちらにご足労頂いても宜しいでしょうか?」

言って田村が先を歩き、それにつくしが続く。
今まで居た応接室では無い方向へ向かう途中、擦れ違う社員らしき者達が皆
田村と、その後に続くつくしに対し会釈をする。
その対応から、田村の地位は決して低いものではないことが伺える。

-そりゃそうだよね。専務秘書って言っていたし…
歩きながらそんなことを考えていると、向かう先は段々と人が疎らになる。

やがて見えてくるのは、もうひとつのエレベーターホール。
エレベーターが来ると、田村は「失礼致します」と声を掛け、先に乗る。
促され、その後につくしが乗ると、田村が胸から社員証らしきものを取り出し、それを翳す。
と、同時に、エレベーターは上昇し始めた。


嫌な、予感。それが急にこみ上げて来る。
否、それは正しくは無い。
つくしは何処かで気付いていた。
恐らくは、田村に声を掛けられた瞬間から。


乾いたベルの音と共に扉が開く。
廊下に引かれた豪勢な絨毯が、重厚感のあるフロア全体の雰囲気が、つくしの予感を確証に変えた。
その奥の方にあるひとつの扉の前で、田村が立ち止まりドアをノックする。

「専務。牧野先生をお連れ致しました」





聞こえるのは書類を捲る音のみ。
さらさらと、ペンが掠れる音まで聞こえてきそうな程静かな部屋の中。
時折、類が思いついたように受話器を取ると、流暢な巻き舌で何かを話す。
つくしの耳に、聞き覚えのない単語
-英語でも、第二外国語で習った仏語でもないことから、恐らくは伊語ー
が飛び込んで来る。
早口で何かを言い受話器を置くと、再び訪れる静けさ。
そんな状態が、この部屋をつくしが訪れてからずっと続いていた。



部屋中から入るように促され、ドアを開けた先に居たのは、予想した通りの姿。
奥にある、大きな机の前に座り、何やら書類に見入っている。
つくしの訪問に、僅かに顔を上げた。

「悪いけど、そこ、座ってて」

それだけ述べると、再び書類に目を落とす。
田村は机の前に置かれた、応接セットのソファにつくしを促すと、一礼し部屋を出る。
入れ替わるようにして別の秘書らしき女性が現れ、つくしの座る前のテーブルに珈琲を置く。
年の頃は、貴子と同じか、やや上くらいだろうか?
落ち着いた雰囲気の女性につくしが会釈をすると、女性も笑みを浮かべつくしに一礼する。


その女性も出て行き、部屋の残されたのは、類とつくしの2人のみ。
会話もなく、ただただ、時間だけか経過する。
ソファに浅く腰を掛け、所在なげにしていたつくしだったが、あまりの変化の無さに、ため息を一つつくと、出された珈琲に手を伸ばす。
ソーサーには、こういった場面では通常在るはずのミルク、砂糖、スプーンすらない。

不思議に思いつつカップの中を覗き込むと、中に入っている液体は、通常の黒いものではなく、僅かに泡立ち柔らかい茶色をしていた。
一口、口に含むと、ほんのり甘い。
つくしの好きな、微糖のカフェオレ。
思わず類の座る方向を見る。

類は相変わらず難しい顔で書類に目を通しており、つくしの方を見ようともしない。
書類を捲り何かを書き込むのスピードから、その処理速度はかなりのものだと思うのだが、その姿は悠然としており、焦りは全く見えない。


4年前に比べ、類の姿は変わっていた。
貴公子然とした雰囲気はそのままに、企業役員としての貫禄が加わっている。
ビー玉のような不思議な色の瞳や、日に透ければ淡い茶色に見える髪は変わらない。
ただそこには、以前のように柔らかくつくしを見る姿は無い。
その『変化』が、つくしには一番堪えた。

視線を手元のカップに戻す。
俯くと目の奥から熱いものがこぼれ落ちてきそうだったので、必死に顔を上げる。

話を聞いたら、ここを早々に立ち去ろう。
田村は和解案の件ではないと言った。
そうなると考えられるのは4年前のこと。
今、つくしが何を言っても言い訳にしかならない。
類がつくしに、恨み言を言いたいと言うのなら、それを甘んじて受け…それで終わりにしよう。

「あのっ…!」
この沈黙の状況を打破すべく、つくしが声を発し立ち上がりかけた処で、類が手にしたペンをころんと机に投げる。

「………疲れた………」

言って類が、大きく伸びをする。
そのまま立ち上がりがてら電話機のボタンを押し、一言、『終わったから』と告げる。
大して待たずに扉が開き、再び田村が姿を現した。

「今日決済分はすべて終えた。…車は?」
「は、下に用意しております」
「そ…。行くよ」

ビー玉のような瞳が、再びつくしに向けられた。


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