駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 15

第15話



車がとある店の前で止まり、類とつくしがその前に降り立つ。
都内にあるとは思えない閑静な佇まい。
こぢんまりとした、だが品の良い和食の店。
その入り口に立った途端、つくしが後ずさったのは、店が持つ、特有の空気感のせいだけではない。


5年前に訪れて以来、ここには来ていない。
確かに、以前のつくしであれば、来られるような店では無かった。
だが今は、一社会人として、それ相応の収入を得るようになり、それこそ年に一度くらいは来られるくらいにはなっている。
それでも、ここは、意識して避けていた。

ここに来ると、嫌でも思い出してしまうから。
今つくしの隣に立つ男と来た日のことを…


思わず顔を横に向ける。
端正な横顔に変化は無く、その心情は伺い知ることは出来ない。
つくしの動揺を判っているのかいないのか、はたまた気付かない『ふり』をしているのか
類はつくしに気を止めるでも無く、中に入って行く。

「あ…の…」
「………何……?」
動くことが出来ず、恐る恐る尋ねるつくしに、首だけ後ろに向け答える。

「ここ…じゃなきゃ…駄目…?」
「………洋食ばかりで飽きてる……和食が食べたい」
「え…?」
一見、なんの脈略の無い会話。

「それに、個室がここしか取れなかった」
それが嘘だということは、つくしにも判る。

仮にも大手企業役員、しかも類は花沢物産の次期社長。
その人物が『個室を空けて欲しい』と頼めば、直ぐにでも用意する店は一つや二つではあるまい。

「お腹空いているんだろ? 行こ?」
すう…っと、類がつくしに手を差し出す。
一瞬見せた、つくしが知る類の瞳。
つくしの気持ちが5年前に逆戻りする。

吸い寄せられるようにつくしがその手を取ると、2人はそのまま中に入って行く。
5年ぶりに取る類の手は、変わらずひんやりとしていた。






中に入ると当然のように個室に通される。
女将の挨拶で、ここが2年前に改装され新しくなったことを告げたと聞き、つくしは心の何処かでほっとしていた。

-つくしが欲しい。
そういって、つくしの頬を撫でた類。
先程は思わず類の手を取り、ここまで来てしまったつくしだが、これ以上、流されるわけにはいかない。

そんな意気込みが類にも伝わったのか、給仕をする仲居が部屋を出た途端、口元を緩める。

「…そんな怖い顔してないで、食べれば…?」

変わらない笑顔に見える。
けれど何かが異なる、類の瞳。
何処が? と問われると上手く答えられないのだが。

「………頂きます………」

何と言って良いものか一瞬悩み、普通に食事前の言葉を述べると、目の前の料理に箸を延ばす。
美しく彩られた膳は、見た目を裏切らず美味しく、つくしは緊張感を忘れ、美味しいと顔を綻ばせる。

その姿を目にしたとき、類の表情が一瞬だけ変わる。
つくしの知る、類のものに。
そのことにつくしが気付き、類の顔を凝視すると、途端にその表情は消え去る。

昔の顔と、今の顔。
二つの類の表情に、何とも言えぬ思いを抱えたまま、ただ黙って箸を進めるつくしだった。



あらかたの食事が終わり、目の前の膳が片付けられた処でつくしが口を開く。

「それで…相談って…?」
「……そんなに本題を急がなくても良いんじゃない?」
「誤魔化さないで。…お願いだから…」

見据える類の瞳から顔を背ける。
それでなくともつくしには負い目がある。
待っていてくれという、類との約束を破ったのだから。

「……さに……」
「え…?」
「……司に…会いに行ったの…? 5年前…?」

突然、類から出た言葉に驚く。
何故、今、司の話題が出るのだろう?
5年前…と、記憶を遡ると、ひとつの事柄が思い浮かぶ。


丁度、類に『待つことは出来ない』と告げた頃。
ひとつのスクープが、タブロイド誌を賑わせた。


『道明寺財閥 次期当主の恋人』
大きく報じられる司の隣には、黒髪の小柄なアジア系女性。
顔ははっきり写っておらず、遠目に見ればその姿はつくしに見えなくも無い。

無論それはつくしではなく、何処ぞの一夜限りの司の相手。
その後、似たようなスクープは出ていたが、それぞれ別の人間だというのに、
『黒髪・小柄なアジア系女性』というのは共通していた。
つくし自身もその辺りの記事は、2~3度は目にしている。

-まさか…? 
類は、つくしが別れを切り出したのは、司の元へ行くためだったと思っている…?
類の方へ向き直ると、無機質な類の瞳がつくしを見据えていた。

「ち…違…!」「いいよ。別に」

別れを切り出したのは事実。
でも、その理由は全く異なる。
そんな風に、誤解されたままでいたくない…!
必死に言葉を紡ぎ出そうとするつくしを、類の一言が拒絶する。

「…もう、今更だし…」
類の背けた視線が、つくしの言葉を凍らせる。
違うと言いたいのに、上手く話すことが出来ない。


「それより…相談の件だったね」
何でも無いことのように話題を変える。
つくしの手は小刻みに震えていたが、類は意に介さない。
類のペースで話を進めるのには昔からのことで、つくし自身慣れている筈なのに、今日はそれがこんなにも辛い。

「牧野、俺と顧問契約を結んでよ」

再びつくしに視線が向けられた時には、また先程の、つくしの知らない類の瞳に戻っていた。


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