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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 16

第16話


「顧問…契約…?」
驚愕の目で類を見る。
が、当の類は飄々としたまま、様子に変化は無い。

「そう。弁護士としての顧問契約」

類の言う内容はつくしにとっては当たり前にあること。
決してその内容が珍しい訳ではない。
だが、相手は類だ。

花沢物産には専属顧問契約をしている弁護士事務所がある。
大手で名の通っている、弁護士法人。
会社だけでなく、類自身も顧問契約を結んでいる筈だ。

「なに…言ってるの…?」
様々な驚きから、思わず声が上ずる。

「花沢物産には、アーク法律事務所が入っている筈…でしょ?」
「会社はね。今回の『依頼』は、会社は関係ない」
「同じ事よ…!」
つくしの声が乱暴になる。

こうしている間にも、類はつくしから視線を逸らさない。
ビー玉のような、懐かしい瞳。
なのに、そこに在る光は、つくしの知るものでは無い。

-判らない…類が、何を考えているのか…?
何故、今こんなことを言い出すのか…?

泣きそうになるのを必死で堪え、つくしも類を凝視する。
今度視線を逸らしたのは、類の方が先だった。

「…アークとの契約はそのままだよ。
牧野にはそれとは別で、顧問を頼みたい。
…言うなれば、セカンド・オピニオンのようなものだね」
「そんなの…聞いたこと無い…」
「…個人的に色々と…『整理』しておきたいことがあってね…」

類の言葉に、先日山口から聞いたことを思い出す。
類が日本に帰って来たのは、社長就任。
それと同時に行われるという婚約発表という噂。
つくしの中に、苦いものがこみ上げて来る。

「…ならば…他を当たって。
アークじゃなくても…もっと大手で…いい先生がいる筈よ」
「『良い先生』が自分に合っているとも限らない。
…それは牧野の方が判っていると思うけど?」

類の言う事は正しい。
弁護士の仕事は個人の機密を扱うため、大切なのは信頼関係。
やり手で優秀と言われる弁護士でも、顧客の性格と合わなければ、交渉や裁判は乗り切れない。
だからこそ志朗は、今回の案件をつくしに振ったのだから。
顧問契約ともなれば、顧客との付き合いは長くなるから尚のこと。

「…ならば…余計に辞めておいた方が…」
「…結論はここで直ぐ欲しい訳じゃない。これ…」
類がスーツの内ポケットから何やら紙を取り出す。

「顧問契約の原案。不備があれば言って。顧問料が不服なら考える」
「不服…って…これ…」

紙に書かれているのは、一般的な顧問契約内容。
恐らく、何処かからの基本フォームを持ってきたものだろう。
ごくごく基本的な取り決めが書かれており、記載されていないことは、都度話し合いで決定する旨が書かれている。
問題なのは、その顧問料の月額だった。

「…足りない?」
「多過ぎよ! …何…この金額…」

定時されている月額顧問料は、源泉徴収税の納税義務者であれば、20%になる金額(※)
つくしの顧客は勿論のこと、志朗の顧客にもこれほど大きな顧問先は居ない。

「アークよりは少なめにしたけど…足りているんならいいでしょ?」
「無理よ! 受けられない!」
バン! と机を叩きながら、紙を類に突っ返す。

「…結論は急がないと言った筈だよ。
仮にも弁護士なら、即答は避けた方がいいと思うけど…?」
「……………」
「…牧野一人の事務所じゃ無いんでしょ?
決まったら、俺か田村に連絡くれればいいから」

言って名刺を取り出し、その裏に何やら番号を書く。
恐らくは、プライベート用の携帯番号。

「…そろそろ出ようか…?」
類が時計に目を落とし言う。
つくしは呆然としたまま、手渡された名刺を握りしめた。



外に出た途端、店の女将が見送りに来る。
案の定、会計は済まされており、つくしが幾ら言っても類に受け取る気配は無い。
数度の問答にあきらめたつくしは、今回だけ、と割り切り礼を述べた。
入り口には来るときに乗ってきた車が待ち構えている。
その横を通り過ぎようとしたつくしの肩を、類が強引に引っ張ると、車の中へ座らせる。

「え…?」
「家まで送って」
類はつくしにではなく、運転手に声を掛ける。
恭しく礼をすると、運転手は座席に乗り込んだ。

「ちょっ…」
つくしが反論する間もなくドアは閉められ、車は動き出す。
振り返るつくしの目に、類が見送る姿が小さく映っていた。



※報酬の源泉所得税
源泉所得税の納税義務者(法人及び従業員を雇う個人)は
弁護士等に対し報酬を支払う際、一定の源泉所得税を徴収する義務がある。
原則的には支払い報酬額の10%(現在は復興特別税があるため10.21%)
但し、一度の支払額が100万円を越える場合には、
越えた報酬部分については20%(現在は20.42%)を控除する。
控除した税金は、毎月又は半年に一度納税を行う。
尚、外交員報酬など一定のものについては、別の法令による規定があるため注意。


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