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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 17

第17話


車が店から遠ざかり、完全に類の姿が見えなくなると、つくしが前へ向き直る。
行く時にあった仕切りは無くなっており、つくしの座る座席からは運転手の姿が見えた。

「ご自宅で宜しいでしょうか?」
落ち着いた声で運転手がつくしに尋ねて来た。

「え…と…その…適当な処で止めて下さい」
「申し訳ございません。必ずご自宅にお送りするよう、申し使っております」

前方を見たまま、軽く会釈をする。
運転手にしてみれば、雇い主である類の言う事が絶対。
幾らつくしが『要らない』といっても、相手を困らせるだけだろう。

「職場の方にご用があるようでしたら、そちらへお送り致します。
お待ち致しておりますので…」

最初、事務所に送って貰い、そのまま車を返そうと考えたつくしだが、その考えはすっぱり否定された。
事務所へ寄っても、逆に運転手を待たせる結果となる。
つくしは軽くため息をついた。

「判りました。自宅の方へお願いします。場所は…?」
「伺っております。畏まりました」

学生時代でさえ、つくしの居所を掴んだ類のこと。
今のつくしの住所を知ることなど、雑作も無いことだろう。
半ば諦めたように『お願いします』と声を掛けると、軽く目を瞑る。
自分が思った以上に、類との会話は緊張していたのだろう。
どっと疲れが押し寄せてきて、いつの間にか眠りに落ちていた。





つくしを乗せた車が去るのを、見えなくなるまで見送っていた類。
その背後に、乾いた足音が響く。

「何だ…時間通りか…少しくらい遅れて来れば良いのに」
「私が遅れますと、専務は勝手にお帰りになりますので…」

全く表情を変えず、類の側に来た田村が淡々と述べる。
類が花沢に勤めるようになってから秘書として仕事をこなす田村。
既に類の行動パターンは読めているらしい。

「そろそろ出ませんと、久我山様との会食に間に合いません」
「………行かない………」
当然のことのように言う類に、田村が軽くため息を付く。

「今日の会食は是非にと…先方社長からも申し使っております」
「もう食事してるのに、これ以上食べられる訳ないじゃん」

子供のような屁理屈を述べる類。
元々、今日の予定は類の帰国当初
-5日前から決まっていた話。
それを無理にねじ曲げたのは、他ならぬ類自身。
本来であれば、そんな我が儘が許される筈も無い。
だが類は、あっけなく切り札を口にする。

「ウダウダ言うようなら伝えておいて。
別に俺の婚約者は、久我山じゃなくても誰でも良いんだから」

花沢に有益を与える家柄で、かつ余計な口出しをしてこない家柄の娘。
例えるなら類の母親、望恵(もえ)のようであれば誰でも。

過去、類との婚約を噂された名家の令嬢達は、その辺りの判断を誤った。
ある者は類の背後にある『花沢物産』という名に目が眩んで。
ある者は類自身、貴公子然としたその男の心を手に入れようとして。
類の父、悟(さとし)は、外戚が力を持つことを厭っている。
類は自身を束縛するものを嫌悪する。
それが、ただ一人の跡取りである類に、未だ結婚処か婚約者が居ない最大の理由であった。

現在類の婚約者の候補筆頭である久我山京子(くがやま きょうこ)とその父親は、その辺りの匙加減をよく判っているらしい。
接触機会をしきりに持とうとしつつ、類が眉を顰めれば即座に引く。
そして類自身も、それを知り利用する。

-どっちもどっちだな…
洩れるのは自嘲気味な笑み。

「…他にも理由が必要なら、戻って仕事するけど?」
「…仕事はあるといえば山のようにございますが、本日は結構です。
ハイヤーを呼んでおります。成城のご自宅の方で宜しいでしょうか…?」
「……否」

日本に帰って来てからというもの、あの日本庭園の広がる自宅には戻っていない。
あそこには『思い出』が多すぎた。
この年齢のせいか、類が仕事をこなしている以上、何処に住もうが文句は言わない。
今は専務室にある仮眠室か、類名義のタワーマンション最上階のどちらかが類の休憩場所だ。
田村の前を通り、用意されたハイヤーに乗り込むと、窓を開け田村に告げる。

「例の件、進めておいて」
「は…ですが…牧野先生からのお返事は…」
「断って来るよ。牧野ならね」
類が淡々と述べる。

「そうでしょうか…? 
今回の件、かなり牧野先生には有利な内容ですが…」
「牧野の性格なら受けるはずがない。賭けてもいい。
…おまけに、あの天草議員の四男の処に居るんだろ?
間違いなく、3日以内には断って来る」
類の言葉は確証に満ちている。

「随分、牧野先生の事を理解しておいでですね」
「………………その前に進めておいて」
田村の問いには答えず、それだけ述べると窓を閉める。
田村が一礼すると、車は動き出した。



ぼんやりと流れる外の景色に目を向ける。
華やかなネオンの光。
だがそれらはすべて、類の目に空しく映る。
軽く目を閉じると、襲ってくる倦怠感。
帰国して5日間。類にしてはオーバーワークか続いていた。
内ポケットから、最近の常備薬を取り出し、口に含む。
広がる苦い味に、眉を顰めた。


-牧野先生の事を理解しておいでですね。
田村の言葉が甦る。

「牧野の事なら…何でも判るよ…」
類の呟きを聞いた者は居なかった。


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