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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 1

第1話


「牧野先生。この度は何とお礼を言って良いのか…
本当にありがとうございました」
涙ながらに礼を述べ頭を下げる女性に、つくしは慌てて手で制する。

「もう…本当に頭を上げて下さい。
私がしたのは大した事じゃ無いんですから…」
「ですが…」
「でも、良かったですね。これで浅子ちゃんと一緒に暮らせますよ。
浅子ちゃんも、良かったね」
女性の横にちょこんと座り、大人しくジュースを飲んでいる少女の頭を撫でると、少女は笑顔でうん、と言う。

結局女性は最後まで頭を下げっぱなしのまま、つられるようにつくしも頭を下げていた。
親子が部屋を去った後、つくしは大きく伸びをする。

「無事終了ですね。牧野先生、お疲れ様でした」
「シロ先生。
いいえ…こちらこそ、ご助言、ありがとうございました」

父親より少し若い年齢の天草に礼をすると、事務員の美和がお茶とお菓子を持ってくる。
天草はここの所長で、本名は『天草志朗(あまくさしろう)』
その名前から、敬愛の意味も込めて皆に『シロ先生』と呼ばれていた。

「はい。牧野先生、お疲れ様でした。今のお客様が持ってきて下さったんですよ。麻布十番の鯛焼き」
「あー! 美味しそう。いただきます~」

つくしが目を輝かせ、差し出された鯛焼きを頬張る。
一つの仕事を終えた後の満足感。
口の中に広がる甘さが、それを尚一層高める。
日常のささやかな幸せ。
今のつくしにはそれがあった。

「牧野先生。案件、無事終了したんですって?」
「あ…貴子先生。はい。お陰様で…」
外回りから帰って来た女性-貴子につくしが一礼する。

大学3年の時に司法予備試験に合格していたつくしは、弁護士になるため司法試験を受験した。
在学中、4年の時は惜しくも論文式試験の方で僅かに足りなかったが、卒業後に受けた2回目の試験で無事合格。
そのまま司法修習生となり1年の修習の後、司法修習生考試に合格し、
晴れて法曹(ほうそう:法律専門職の総称)、弁護士となった。

現在は、天草弁護士とその妻貴子が司法書士を務める法律事務所に属し、
事務員の美和、アルバイトで法学部学生の香取と、忙しいながらも充実した生活を送っている。

「ならばどう? 今日は清之介くんの処に行かない?」
「え…?」
つくしが返事をするより先に、美和と香取が歓声を上げる。

「やったー! 貴子先生のおごりですか~?」
「うわー、俺、回らない寿司、久しぶりです~!」
「…ったく…慰労する相手より先に喜ぶんじゃない!
良いわ。今日は私のおごり」
「「わー!!」」
2人の喜びようにつくし一人声を上げそびれる。

「…だ、そうですから、牧野先生。行きましょうか?」
「……はい……」
天草の言葉に、つくしはこくりと頷いた。




清之介の働く花寿司は繁華街の中心にある。
とはいえ、1本入った裏路地は表通りから比べると閑静で、店構えはさながら大人の隠れ家的な雰囲気を醸し出す。

「らっしゃい! …って、何だ、叔父さんか」
「何だ、じゃないだろう? 今日は客なんだからな」
「お…いらっしゃい。お揃いで。おっ! つくしか! 久しぶり」
「久しぶりだね。金さん」

天草に続き、貴子達が入って来るのを見ると、元の愛想のいい声を上げる。
つくしも笑顔で挨拶をした。

現在の天草法律事務所につくしを紹介したのは、清之介である。
志朗は清之介の叔父であり、司法試験合格後は、清之助の父である天草議員の専属弁護士になる
…と、皆が思っていた。

ところが堅苦しい天草の家に嫌気のさした志朗は、いとも簡単に天草の家を出た。
大手法律事務所の誘いに見向きもせず、
俗に『マチベン』と呼ばれる街中の法律事務所で働いた後に独立をしている。

貴子との仲は良いが子供が居ないため、志朗は清之介を可愛がっていた。
清之介の、寿司職人への道を応援したのも、志朗である。


カウンターしかない小さな店だが、早めに行ったこともあり、奥のコーナー部分を占拠することが出来た。
貴子の「好きなもの食べて良いわよ~」の言葉に、美和や香取は好みのネタを頼む。

「つくしはどうする?」
「んー、よく判らないから、お任せで」
「おう」

カウンター越しに声を掛ける清之介にそう告げると、目の前のケースから刺身の短冊を取り出し、慣れた手つきで捌く。
賑やかな一団を無口な店の大将は邪険にもせず、清之介より更に手際よく握り始める。

「じゃあ、牧野先生の勝訴に、かんぱーい」
香取の音頭で、つくしも少しだけ日本酒を口にする。

信頼できる職場の仲間。
美味しい食べ物と少しのお酒。
それが仕事を終えた充実感にプラスされたつくしは、笑みを浮かべた。


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Category - 本編 『In The Forest』(完結)

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