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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 19

第19話


三度目に花沢物産を訪れたつくしは、またも同じ部屋に通される。
出された和解案を飲み、今日はそのサインの日だった。
田村とチーフが現れたところで、つくしが唯一疑問だったことを口にする。

「ちなみにですが…復職後の山口さんの部署はどちらになりますか?」
散々考えた挙げ句、山口は地域社員を選択することにしていた。
地域社員を選んでも、1年毎に確認があり、元の全国社員に戻る機会もあるとのこと。
ならば子供の小さいうちは、住居移転のある転勤を避ける、というのが彼女の出した結論だった。
とはいえ、ここでサイン後に言い渡される勤務地が通勤圏内ギリギリでは、地域社員を選んでも、正直あまり意味が無い。

「原則として、休職前の職場になります。ご本人からの転属希望があれば別ですが」
「…そうですか…それであれば結構です」

田村の回答に、つくしと山口、2人がほっと息をつく。
復職後の勤務地迄は流石に指定できない。
意地の悪い考えを持つ者なら、業と通勤ギリギリの職場を指定し、自己都合での退職に追い込むことも考えられる。

「とはいえ、転勤が皆無なわけでもありませんし、違反があれば懲罰、免職もあります」
「…それは…了承しております」

山口が硬い表情で答える。
権利を主張するならば、義務も負う。
最終内容を確認し、同意書にサインをしたところで、チーフの男性が声を掛ける。

「では、明日からお願いします」
「はい。こちらこそ、宜しくお願い致します」

お互いに礼をする2人に安堵の色が見える。
隣に居る田村も、僅かにその表情が緩んだ。
つくしも一礼し、田村に今回の件の礼を述べる。

「…それと…先日…花沢…専務からの提案の件ですが…」
つくしの言葉に田村が視線を上げ、チーフに声を掛ける。
2~3、何か話すとチーフと山口が2人、部屋を出て行った。

「2人は所属部署に挨拶に行くそうです。
…それで…お返事をお聞かせ願えるのでしょうか?」
「はい。今回の件は大変有り難いことですが、辞退致します」
「契約内容に何かご不満が…?」
「いいえ」
つくしが視線を逸らさず、ゆっくり頭を振る。

「私は、未だ弁護士になって数年の若輩者です。
日本一大企業役員の、顧問になれる経験も実績もございません。
お話を頂いたのは光栄に思いますが、今回はご縁が無かったとお思い下さい」
流れるような言葉と綺麗な所作で、申し出を断るつくし。

「……そうですか……。
花沢は現在、出張中ですので、先生のお話は一端、私がお預かり致します。
もし気が変わられましたら、花沢でも私でも、ご連絡を…」
「…お気遣いありがとうございます。ですが、それはございませんので…。
山口さんの件も配慮頂き、感謝しております。ありがとうございました」

もう一度、深々と礼をする。
そのとき外に出ていた2人が戻って来たので、今一度挨拶をしつくしは花沢物産の巨大ビルを後にした。


-もうこれで、ここに来ることは無い。
そんな一抹の淋しさを胸の奥に抱えながら。





その後のつくしは、いつもの仕事に戻る。
顧問先の相談、飛び込みで来る離婚など。
日々の作業に追われていると、外回りから帰った志朗の顔が何やら冴えない。

「シロ先生。どうかしましたか?」
お茶を出した美和の問いに、何でも無いと頭を振る。
つくしもその様子は気になったが、志朗はそれ以上何も言おうとはしない。
声を掛けようとしたときに電話が鳴ったため、そのまま目の前の仕事に戻る。
その理由がつくしにも判ったのは、それから更に1週間程してからだった。


飛び込みの案件に片が付き、比較的落ち着いたある日。
つくしは自身の顧問先を訪ねていた。
本来、弁護士との顧問契約を結んでいる相手を訪ねることはそうない。
だがつくしは、時間の許す限り
-それこそ2~3ヶ月に1度くらいの割合になってしまうのだが、顧問先を訪れ、話を聞くようにしていた。
会社経営者は、会社の行く末や資金繰り等で、人知れぬ悩みを抱えている者が多い。
相談=即、解決とはいかないのが常だが、話せば少しは楽になるもの。
志朗について回っていた頃、そんな話を聞いていたつくしは、自らが弁護士になった今、それを実践していた。

その日訪れたのは、ここ1年程前から顧問契約を結んだ中小企業。
IT系の新興企業で、従業員の平均年齢は30歳前後。
社長とその妻で副社長もまだ30代前半という、若い、力のある企業だった。

パーティションで仕切られた応接室に通された途端、社長と副社長が頭を下げる。

「牧野先生。申し訳ございません。
先生との顧問契約を、今月で打ち切らせて頂きたいのです」
「え…?」
突然の申し出に、目を丸くするつくしだった。


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