駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 20

第20話



「あ…あの…ちょっと…すみません。
とりあえず、頭を上げて頂けますか?」
何事か判らずアタフタしながら言葉を掛ける。
だが2人とも下げた頭を上げようとはしない。

「…とにかく…お話を伺っても?
もしかして、私どもの方で、何か不都合がございましたか?」
つくしが慎重に、言葉を選びながら尋ねると、社長が頭を上げ慌てて首を振る。

「いいえ! 先生の方は何も…! 寧ろこれは…私どもの問題なんです…」
社長が言いにくそうに口籠もり、副社長もつくしと視線を合わせるのが辛いのか、俯き加減のままだ。

「あの…失礼ですけど…業績のほうで何か…?
…顧問料のご相談でしたら、承りますけど…?」

それは過去、志朗の顧問先でもあった。
近年不景気の関係で、どうしても月額顧問料の支払いがきつく、顧問料を下げて欲しいと言う相談。
弁護士業務は決して慈善事業では無い。
適正な報酬を貰わなければ、弁護士として成り立ってはいかない。
とはいえ、同じ人が相手の仕事。
昨今の不景気の中、相手の言い分も充分に判る。
値段交渉は企業間では常にあることは言え、弁護士に値下げ交渉を迫る経営者は、安易にそれを切り出している訳では無い。
もしそういう事であるならば、月額変更もやむを得ないと思っていた。

「否…その…本当に、こちらの勝手なんです。
顧問は今月までで…
あ、顧問料は契約書通り、来月分まではきちんとお支払いをしますので…」
「あの…」

その後はつくしが何を言っても、頭を下げるばかり。
仕方なしにその場は今月まで、正式な解除書類は後ほど郵送すると告げると、顧問先を後にした。


今日訪れた企業の顧問料は、それ程多い訳では無い。
中程度なのだが、扱っている内容からか、特許権、実用新案権に関する別途相談が多かった。
つくしは弁理士の資格は持っていないが、志朗はその辺りのことにも精通している。
天草法律事務所の中では、重要顧客のひとつ。
それが無くなるのは手痛い。


他の企業も周り、事務所に帰ったのは17時過ぎ。
もう誰もいないと思っていたのだが、事務所には志朗と貴子が残っていた。
2人して、難しい顔で何か話をしている。
つくしも気は重いが、何時までも黙っているわけにはいかない。
2人に今日の出来事を話すと、志朗が口を開いた。

「実は…僕の顧問先でも同じ事が幾つかあってね。これで3件目になる」
「…そんなに…ですか…?」

つくしの問いに黙ったまま頷く。
3件も顧問先が減れば、毎月の収入にも響く。

「ま、こればかりはこちらが幾ら言っても駄目なものは駄目だし。
仕方がないね。
今在る顧問先を大切にして、次の顧問先を見付けられるよう、頑張ろう」

志朗が明るく話す。
だがその先も、ぽつぽつと顧問契約先が減っていく。
それは主に、ここ数年で契約をした、つくし担当の顧客が多かった。


そんな中、ある顧問先が志朗の元を訪ねて来た。
相手は下町工場の社長。
昔気質の職人で、口は悪いが気はいい。
志朗が昔から担当をしているが、つくしのことも勿論知っており、娘より若いつくしを『つくしちゃん先生』と呼び可愛がっていた。
法律事務所という堅苦しい処が苦手な社長は、滅多に事務所には来ない。
その社長が来て出された茶を飲み干すなり、口を開く。

「シロ先生。先生の処で一体何があったんだい?」
「…どういう…事です?」
「どうもこうも、昨日、うちんとこにナントカって弁護士が来やがって…。
シロ先生のとこより有利にできるから、顧問契約ってのか?
それを結べだなんて、抜かしやがった」

くだを巻きながら一気に話す内容は大声のため、所内筒抜けである。
つくしも気になり、無礼かと思ったが思わず応接室の中に入った。

「社長…それ、どういう事なんですか?」
「おう、つくしちゃん先生。どうもこうもねぇよ…!
全く失礼な奴だよな…!」
つくしの対応を特に咎めるでもなく、社長の大声は続く。
志朗に促され、つくしもその隣に座り社長の言葉を待った。

聞けば、天草事務所より月額顧問料を下げ、かつ顧問関与内容を充実させるから、顧問契約を結んで欲しいと言う内容。
顧問弁護士の権利侵害ギリギリの営業内容だが、顧客に強制はしていないので、天草事務所としては訴えることはできない。(※)

「俺んとこは、ずーっと先生に頼んでるんだ。
今更他のとこに変える気なんて、サラサラねぇよって、追っ払っておいたぜ」
自信満々に述べる社長に礼を述べつつ尋ねる。

「それで…相手の弁護士って一体誰なんですか…?」
「うーん。何て言ってたっけかな…? …お、あった。これだ」

首を捻りつつ、上着のポケットをゴソゴソ探り、出てきたしわくちゃの名刺を差し出す。


『アーク法律事務所 代表弁護士』
名刺にはそう記載されていた。



※権利侵害について
弁護士の顧問先を、他の弁護士が横取り(?)するのが、権利侵害に当たるのか否かの詳細は不明です。
ここではギリギリOK、ということにしております。フィクションとしてご了承下さい。


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