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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 25

第25話


田村から取引の件で二、三、確認を受けると、類も車に乗り込む。
車が動き出し、運転席との間に仕切りがあるのを確認してから、窓にもたれかかり目を閉じた。
襲ってくるのは疲れ。
肉体的なものより精神的なそれが類を苛む。

すべてが自分の仕業だと告げたときのつくしの瞳。
驚愕に満ちた目で類を見つめていたつくし。
あんな顔をさせたかった訳では無い。
何が、何処で、どう歯車が狂ってしまったのか…?

「…大丈夫…まだ、大丈夫だ…」
右手を胸の辺りでぎゅっと握りしめながら呟く。
そう言い続けなければ、その場に倒れ込んでしまいそうなほど、このときの類は脆く、儚げだった。






10日程した後、類の元につくしより連絡が届く。
顧問契約書が出来たから、確認と捺印をして欲しいと言う。

「じゃあ、この前の処に18時半でいい?」
『…………もう少し早い時間にお願い出来ませんか?』

事務所から電話をしてきているつくしは、ビジネススタンスを崩さない。
類個人の携帯番号を知らせているというのに、今日の連絡も会社を通していることが、何よりの証拠。
明らかに不満を含んだつくしの声を、さらりとかわす。

「牧野の処にも連絡行ってるんだろ? 総二郎から」
『……はい。伺っております』

あくまでビジネス口調のまま。
電話の先で、こめかみに青筋を立てているであろう姿を思い浮かべ、類に思わず笑みが洩れる。

「もしかして、行かないつもりだった?」
『!!…………そんなことな…ございません』

一瞬息を呑み、慌てて崩れた口調を直す。
何処までも頑なで強情。
類の知る、つくしそのもの。

「どちらにしても、これから会議でその時間でないと身体が空かない。じゃあね…」
『ちょっ……!』

電話の先で喚く寸前の声を無視し、電話を切る。
仕事絡みでもあることから、こういった形の約束でも、すっぽかすようなつくしではない。
確信犯的な策略。
今の自分の役どころの滑稽さに、嘲笑が浮かぶ。
再び書類の方に目を向けていると、ノックと共に秘書が現れた。

「専務。役員会のお時間です」
「判った」
席を立ち上がるときには、企業専務の顔になっていた。





類が部屋に入ると既につくしは来ており、外の景色に見入っている。

「…お待たせ…」
「今来たばかりだから」

類がつくしの前の席に座ると、書類を取り出す。
A4サイズの書類が紙3~4枚。
袋綴じになっており、内容は至極一般的なもの。
類は渡された書類にざっと目を通す。

「いいんじゃない?」
「…そう。じゃあこれを渡すから捺印して送り返して」
「…はい…」

類がジャケットの内ポケットから何か取り出し、つくしの前に置く。
印鑑ケースの蓋を開けると、あるのは類のフルネームが入った印鑑。

「押しておいて」
「押して…って、これ、実印じゃない!?」
「…平気でしょ? 牧野なら」

しれっと答える類に呆れつつ、つくしが鞄から朱肉と印鑑マットを取り出す。
類が見ている目の前で「押すからね」と念押ししながら捺印箇所に捺印し、収入印紙と帯の部分に割印、空欄に捨て印を押した。

「はい、じゃあこれ…」
「…牧野が持ってて。今日は田村も居ない」
「…判った。明日書留で会社に送っておく」

-だからここじゃないか、もっと早い時間だったら良かったのに…!

こめかみをヒクヒクさせながら、印鑑を類に返し、書類関係を鞄にしまう。
端から見てもその考えが手に取るように判るつくしとは対照的に、飄々とした類の表情は変わらず、その考えは読めない。
頃合いを見計らったかのように、2人の前にウェイターが現れ珈琲と、つくしの前にだけ皿が置かれる。

「これ…?」
「待ち合わせまでまだ時間在るし、ここでゆっくりしてればいいでしょ?
牧野が行きたくないって言うんなら、このまま食事に行ってもいいんだけどね」
「う…」

類の提案は即座に却下、とばかりに首を横に振る。
総二郎からは会った3日後には連絡があり、都合のつく今日、会うことになっていた。
確かにまだ、待ち合わせの時間には早い。
だが…

「なに…これ…?」
「…嫌いじゃ無いでしょ?」
「そういうんじゃなくて…!」

つくしの前にだけ置かれた皿の上には、美味しそうな焼き菓子。
勿論、つくしが嫌いな筈も無い。

「牧野の事だからお腹空いているだろうと思って。空きっ腹にアルコール入れると回るのが早いよ」
「でも…」
「別に、牧野が食べなきゃ捨てるだけだし…」

類が言うことは至極真っ当。
空きっ腹にアルコールは、酒に弱いつくしにとっては避けたい処だったし、これだけの店なら、全く手つかずの物でも使い回しはしないだろう。
類のペースに乗せられているのが何とも複雑だが、目の前に置かれたものに手を伸ばす。

「…美味し…」
口の中に広がる甘さに、何処かほっとする。

-そういえば、甘いものは脳の活性化に良いって話だったよな…
そんなことをぼんやり考えながら、黙々と口を動かしていた。


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