駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 33

第33話



類が驚いたのは一瞬だけ。
最初の、マタハラ事件の時はともかく、何度もつくしが社に顔を出し会っていれば、いずれは悟の耳にも入るだろうと思ってはいた。

驚いたのはその速さ。
悟が日本に着いてまだ半日。
その短時間で何処から聞いたのか?
それともそれ以前に耳に入っていたのか?
恐らくは後者だろう。
ごく僅かに口の端を上げると、類が口を開く。

「何か誤解をされているようですが、彼女は弁護士ですよ」
「弁護士なら既にアークが入っているだろう?」
「…長崎先生はあまりお得意ではない案件がありましてね。
アーク内で他の先生に頼むと波風が立ちますから」

類の言い分は理に叶っている。
幾ら不得手分野とは言え、こちららからそれを言い出すと、担当者では役不足と引導を渡すようなものだ。
ましてや長崎は代表弁護士。
プライドや意地は、他の者より遙かにあるだろう。
尤も、それだけが理由と思い込むほど、悟は愚鈍ではない。

「不得意分野…?」
「ごく…私的なことです」
それ以上は問答無用とばかりに言い切る。

「ですので、この件にはこれ以上関与されませんように。
彼女とは既に顧問契約を結んでおります。
自己都合による解除違約金は、それ相応のものですから、先方からの解除は、まず無いでしょう」
「…私がその違約金、こちらが負担すると言えばどうだろう。何しろ彼女は…」
「彼女が金銭で動く人間ではないことは、貴方が一番良くご存じの筈ですね」


悟の言葉を遮るように言葉を被せる。
そう、つくしは自らへの圧力には屈せず、金銭では動かない。
そのことは類自身が一番判っていた。
そして、そのことを何故、悟が『知って』いるのか?
今の類には『判って』いるからこそ、出てきた言葉。


「それに、余計な手は出さない方が賢明です。
彼女の後ろには今『天草』が居ります。
…中々、情に厚い弁護士のようですし」

-我々と違って。
類の淡々とした口調が言外にそう告げる。

悪びれもしない類の態度に悟が僅かに眉を顰める。
花沢が懇意にしており、後援会にも入っている議員、板倉は、天草議員と対立している。
現在『天草』の方が抜きん出ており、大臣の椅子が近いのは天草の方だという世論。
久我山ではないが、企業トップと議員のと『密接』な関係は何処にでもある。
花沢とて例外では無い。
板倉は大臣の椅子を掛けた今、花沢は大きなプロジェクトが控えている今、
あまり表だった波風は立てたくないのが本音。

悟が厳しい目で類を見据えることしばし。
類がゆっくり口を開く。

「同僚が困っているとなれば、破門された家にでも頭は下げるでしょう。
プロジェクトを潰したくなければ、余計な手を出さないで下さい」
言い放ち形だけの礼をすると、これ以上は用無しとばかりに立ち上がる。

「類」
ドアノブに手を掛けたとき、黙りこくっていた悟が声を掛ける。

「幾らバックに議員が付こうと『花沢』は認めんぞ」

閨閥結婚を利用した同族経営で大きくなってきた一族。
その一族が、幾ら弁護士として才があったとしても、同僚に議員の力があっても、自身の後ろ盾の弱いつくしを認める筈も無い。
類は振り返ることもなく、その場で大きく息をはく。

「…でしょうね。……元よりそんなつもりはありません」
「判っているならいい。
……ああ、田村は上手くやっているか?」

悟が急に思い出したかのように尋ねる。
田村は、類の入社前、悟の第二秘書をしていた。
それが入社と同時に類の第一秘書となり、5年前、フランスに行く時から同行している。

「ええ。大変優秀です。
…俺の秘書に推薦して頂いて感謝していますよ」
首だけ悟の方へ向けそれだけを告げると、部屋の外に出た。





自室に戻り無造作に席に着くと、机に肘を付き顔を覆うように下に向ける。
襲ってくる倦怠感。
長時間の仕事を終えた後のような感覚。
上着ポケットから、常備薬と化している薬を取り出そうとした時、ノック音がしたため、それを元に戻す。
入って来たのは第二秘書の川島。

「専務、この後のご予定ですが…」
「…田村は…?」
「は…?」

顔を上げる事なく尋ねる類に、一瞬きょとんとしたものの、慌てて直ぐに答える。

「はい。先程、所用で1時間程出ると仰っておりましたので間もなく戻られるかと思います。
鍋島室長より何か頼まれたそうです」
「……そ……」

鍋島は悟の第一秘書で、田村のかつての上司でもある。
類は戻ったらここに来るよう告げると、川島を下がらせる。
再び一人になったところで顔を上げると、椅子に仰け反るように天井を仰ぎ見る。
体中を支配する倦怠感に身を任せ、ゆっくりと目を閉じた。


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