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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 34

第34話


「専務。田村です」

ノックと共にドアの外から聞こえた声。
類は書類に目を落としたまま、中へ入るよう促す。
田村が類の前に立った処で、類が書類から目を離し顔をそちらへ向けた。

「お呼びと伺いました」
「社長から上手くやっているかって聞かれたよ」
「…………」
「とりあえず、良くやってるって答えておいた」
「……恐れ入ります」
やや困惑気味に田村が一礼をする。

「外出してたって言ってたけど…?」
「申し訳ございません。所用がございまして…」
「ふーん……」

類が観察をするかのように田村をしげしげと眺める。
元々表情を崩す事のない田村は、そんな類の視線にも関わらず、目の前に立ったときと同じままだ。

流れる沈黙の中、類が口を開く。

「田村」
「は」
「第二秘書。秘書室から外して」
「は…?」
脈略のない話題に、田村にしては珍しい素っ頓狂な声を上げる。

「第二…とは…川島の事でございますか…?」
田村の問いに類が頷く。

「川島が何かミスを…?」
田村がここ数日の出来事を考えるが、
川島が外される理由として、思い当たる節がない。

年若く、見目麗しい次期社長の類に近付きたがる者は多い。
だが『それ』が目的だけの輩が簡単に付いて来られるほど、類周辺の仕事は甘くない。
当の類も妥協は一切なしのため、周りに置く者は皆それぞれ優秀だ。

そして類は専務として、ある程度の人事権を有してはいるものの、無下にそれを使う事はない。
問答無用で切り捨てることを口にしたのは、初めてだ。

「……仕事中、周辺嗅ぎ回って報告する程度だったら目を瞑っていたけど、流石に今回の件はやり過ぎ」
「それは…」
「久我山の件。俺の予定を伝えたのは、奴だよね」
類が何でも無いことのようにさらりと言う。

類のプライベートは、基本田村は把握しているものは少ない。
だが今回、急ぎの仕事が入る可能性があったため、田村は場所を把握していた。
そして、仕事に真面目な田村は規定
-役員の予定管理は2名以上で行うこと-
に基づき、そのことを第二秘書に告げていたのだろう。

この時点で、類の予定を知るものは2人。
そして社内からの電話。
それを見計らって近付いてきた久我山京子。
『犯人』は2人のうちのどちらかであることは明白。

尤もそれを仕組んだのは川島個人だ、等と類は思ってはいない。
指示された通りに類の類のプライベートを報告し、指示された通りに久我山に知らせた。
そんな事が出来るのは、社内では一人
-社長である悟だけ。


「……ああ、でも、表だったミスはないか……。
そうだね。適当な理由を付けて、社長室の方へ戻しておいて」
「…………畏まりました………」

それは川島に対する温情などではない。
単に後の処分が面倒なだけ。
面倒なことは、面倒なことを行った当人が始末を付ければいい。
田村が一礼をし、一瞬迷った素振りを見せつつ、再度口を開く。

「専務…。ひとつお伺いしても?」
「なに?」
大して興味なさそうに答える。

「今回の件、私をお疑いにならなかったのですか?」
「ん………そうだね………」
類が足を組み直し、考える素振りを見せる。

「……可能性は零ではなかったけど……。
田村は仕事に対して『変に』真面目だから、ないなと思った」
「………それは………?」
「褒めてる訳じゃ無いから」
「はぁ……」
微妙な答えに、田村が何とも言い難い、複雑な表情を見せる。


類も正直、ぎりぎりまでどちらか判らなかった。
それが、悟が田村のことを尋ねてきた事、自らの第一秘書に命じ、適当な用件で田村を外出させた事、
第二秘書の川村が、まるで田村が父の秘書と通じているかの如く話した事で、田村ではないと確信した。
確かに田村は元、父の秘書。
これが父の秘書として、類の身辺確認をしろという命だったら従っていただろう。
だが現在は、類の秘書。
どういう形であれ職務に忠実な田村は、類に問題があるわけでもないのに、スパイのような真似をする輩ではない。

悟の目的は勿論、田村を陥れる事では無く、類の力量確認と牽制。
これで田村を疑うようなら、経営者として未熟者のレッテルを貼られる。
見抜いたとしても、未だ悟の影響力が大きいことを、類は知ることになる。


「……いい加減、子が親の言いなりにはならないと気付けばいいのに……」
「………専務……?」

類の呟きは小さすぎて、田村の耳にはっきりとは届かない。
それを何でもない、と制する。

「…で、この後の予定は?」
類の問いに田村が手にしたタブレットに目を落とす。

「15時からのクライアント打ち合わせが3時間ほど。
先方は、間もなくこちらにお見えになります。本日はそれで終了致します」

ここのところ仕事が立て込んでいた中、ほぼ定時近くに終わる予定に、類が僅かに首を傾げる。

「明日午前中、健康診断ですので、忘れないで下さい」
「……ああ……そうだったっけ…?」

類がぼんやりと答える。
社内での検診は、福利厚生の一環として行われていたが、役員に対するそれは、強制的義務となっていた。

「明日は8時にお迎えの車が…」
「否、いいよ。自分の車で行く」
「それは…」
困る、と言い掛けた田村に、類が告げる。

「検診なんてかったるいものやるのに、堅苦しいの着ていくのは嫌だからね。
……別にサボる訳でもないし」

類の口調から、幾ら言っても引きそうに無いのを察した田村は、不承不承、それを受け入れ類に一礼をした。


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