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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 38

第38話


総二郎の言葉に、驚いた様子を見せた類だが、それも一瞬のこと。
すぐに元の表情に戻る。

「………牧野は物じゃない。
幾ら総二郎が何を言っても、決めるのは牧野だろ?」
「ああ、そうだな。
けど、牧野が差し出した手をお前が振り払うなら、俺がその手を取っても問題無いはずだろう?」


空恐ろしい程に緊迫した空気と、淡々としたやり取り。

-何故、総二郎が牧野を…?
-やはり、総二郎は牧野を…?

驚きと確信、双方入り交じった目で総二郎を見る。


「それが本気だと言うなら…」
一端言葉を句切る。

「『本当』にそんな事が出来るの? 総二郎。今のお前に」

類の目が一転、鋭いものに変わる。
まるで『不用意につくしを傷付けるなら許さない』とでも言うように。
他ならぬその類自身の言動が、現在一番つくしの心を苛んでいるというのに、何とも不可思議だと、総二郎は頭の隅の冷静な部分で思う。

そして類の言葉。
言われる迄も無く、そのことは総二郎自身が一番判っていること。

西門流。茶道家元。長い歴史のある名門。
類やあきら、そして司の家とは全く異なった、特殊な世界。
「今時そんなこと」と思われる内容でも、「しきたりだから」の一言で済んでしまう世界。

恋人なら、誰であってもまだ許される。
結婚となれば話は別。

特殊な世界の、次期後継者たる総二郎。
その伴侶は、おいそれとは決められない。
仮に両親が許したとしても、一門の古参者達が認めなければ、『このご縁、なかったことに』で終わり。
仮につくしが総二郎を選んだとしても、その進む道はある意味、類を選んだとき以上に嶮しく厳しいものだろう。
だが…

「……できるさ。たとえどんな事をしてもな」

静かだが、決意に満ちた総二郎の言葉。
普段の様子から思いもつかないが、こういう時の総二郎の行動力は並では無い。
類の乾いた唇が開く。

「………選ぶのは……牧野だ……」
「ああ、そうだ」
同じ言葉を繰り返す類に、総二郎も同じ言葉でそれを肯定をする。

「だが俺は、待ってるだけ、なんてのは性に合わないからな。
…お前は動かないと言うなら、それでいい。…好きにしろ…」

総二郎は言い放つと、立ち上がる。
そのまま振り返る事なく、部屋を後にした。




残されたのは、類一人。


「……は…はは……」
静かになった部屋の中に、類の乾いた笑いが響く。


-何故動かない?
総二郎の問いは、類自身が幾度も問うた言葉だ。
それを何の迷いも無く言える総二郎が、今は堪らないほど憎く、狂いそうな程に羨ましい。


何故、自分は動く事ができない?
何故、望むものを掴むために、動く事ができない?
何故…? 何故…!?


「…何でなんだよ……!」
苦渋に満ちた言葉が洩れると同時に、類の上半身が前に傾ぐ。
無意識に手が、自らの左胸に伸びる。

痛い。
身体では無く、心が。



フランスに居た5年間。
その間に決めてきた筈だった。
帰国して、己がすべきことをすると。

なのに、早々にその決意が砕かれる。

目の前に現れたつくしは、輝いていた。
類の決意など、簡単に吹き飛んでしまう程に。

触れたい。
その腕に、頬に、すべてに。
抱きしめて離したくない。
そんな事が、出来る筈も無いというのに。

手を取る事も出来ず、かといって突き放す事も出来ない。
結局『仕事』という名目と自らが最も嫌悪する手段で、つくしを縛り付けた。

近付けない。
離れたくない。
離れたくないのに、近付けない。
相反する気持ち。
それが、どうしようもなく痛くて苦しい。


-司も、こうだったのだろうか…?
かつて自分と同じ女性に心を寄せた、親友のことを思い返す。


ニューヨークにつくしを追い掛けて行ったあのとき。
司は素気なくつくしを追い返した。
何をしているのだ? と思った。あの時は。
類の今の立場とは全く異なるとはいえ、今思えば、司は司なりに、苦しんでいたのだろう。

だからなのか?
司がつくし『だけ』を忘れてしまったのは。
司が忘れたかったのは、つくしではなく、このやるせない痛みと苦しみだったのだろうか?

だとしたら類も、つくしを忘れれば、この苦しみから逃れることが出来るのだろうか?

悪魔の囁きのような思いが一瞬浮かび、慌てて頭を振る。
どれ程の痛みでも苦しみでも、類は忘れたくはない。
類に向けられる、真っ直ぐな黒い瞳を。
例えそれが、驚きや哀しみを湛えたものであったとしても。



『ルイ。君が本当に望む未来を歩んで欲しい』
今際の際に掛けられた、最期の言葉。



顔を伏せた前傾姿勢のまま、肩で息をする。
まるでそうしないと、呼吸の仕方すらも忘れてしまうかのように。
忙しなく動いていた肩が落ち着いてきたと同時に、浅く腰掛けていたソファに、だらりと身体を横たえる。

「……俺の……望む…未来は……」

呟くように言うと、瞳を閉じた。


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