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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 40

第40話


つくしが待ち合わせの茶房に足を踏み入れると、既に類は来ていた。
柔らかい、と言うには強くなった夏の日差しを硝子越しに受け、ソファに持たれるように軽く目を閉じている。
その姿は、何処かあの非常階段に居る時を思い出させた。

-風が通らないのが残念だけど、ちょっと似てる。

以前、類が言っていた言葉。
こうして見ると、確かにその通りだと思う。
都会の喧噪の中、切り取られたかのように穏やかに流れる時間。
もう二度と戻ることはない、懐かしい記憶。

何となく中に入る事が憚られたつくしが、部屋の入り口に佇んでいると、人の気配を察した類がゆるゆると目を開ける。

「…ああ、牧野。来たんだ」
「あ…うん。ごめんね。遅くなって」
「否…」

促され、類の前につくしが座る。
しばらくして、つくしの前にアイスティが置かれ、部屋に2人だけになった処で、類が口を開く。


「この前渡した書類。目を通しておいてくれた?」
「あ…うん。あ、財産評価の方は、もうすぐ出来上がるって。
あや乃さん…私が知っている会計士さんにお願いしちゃったけど…」
「ん…? …ああ、そっちはまだ後でいい。
請求は牧野を通してでも、直接でもどっちでもいいよ」
「判った…。先方に送るよう伝えておく」
つくしの言葉に類が軽く頷く。

「で…あれ見て、何か思った?」
「う…ん。そうね…。医療系は余り詳しくないんだけど…」
つくしが鞄から書類を取り出し、目を通しながら続ける。

「何しろ判例が少ないのね。
患者数が少ないからか、ネット検索をしても滅多に出て来ない。
それに、この認可されている薬。随分前に作られたものみたい…?
そのせいなのかな? 殆ど効果が得られてないのよね。
こっちの…認可されていない薬の方のデータは、最近のものだし、延命効果が充分に発揮されている。
医療技術は進歩している筈なんだから、他にももっと、開発されてていいと思うんだけどね…」

つくしの言葉を興味深げに聞いていた類が、不意に尋ねる。

「牧野。会社を経営していく上で、最も効果的な『経営戦略』って何だと思う?」
「え…? 経営戦略…?」

突然類から振られた、話題とは180度異なる質問。
意図は判らないが、言われるまま何だろう…?と、考えこむ。
商法は学んだが、経営学となると専門外だ。

「う……ん……先ずは売上が上がらないと駄目でしょ…?
そうなると広告宣伝とか…?
あとはコストを抑えるために無駄を省く…とか…
効率のいい仕事をするとか…?」

首を傾げながら答えるつくしに、類も軽くうん、と頷く。

「確かにそれは経営を行う上で重要だけど、どちらかと言えば『経営戦術』に近い」
「経営…戦術? 戦略じゃなくて…?」
「そう。
…最も効果的な『経営戦略』は、『ライバル』を作らないことだよ」
「え…?」
類から出た言葉に、つくしがきょとんとする。

「…なに? 意外?」
「意外…っていうか……。何かピンと来ない…」
「…………例えば……」

再び考え混むつくしに対し、視線で窓の方を見るよう促す。
壁の南側一面に広がる大きな硝子。
それがこの部屋の天井の高さと相俟って、都会の喧噪の中に居ると思えない程の開放感を醸し出す。

「牧野はここのオーナーだとする。この窓硝子に罅(ひび)が入ったらどうする?」
「そりゃあ…修理するよ。危ないもの」
「じゃあ、それを直すのに1,000万円だと言われた。
でも、直すための原価はその十分の一…100万円だと知っていたら…?」
「え? そんなにぼったくられたら…文句言って、他の処に頼むよ」

やはり質問の意図は判らないものの、類の問いに答え怒り気味に答えるつくし。
その様子に、思わず類の口の端が緩む。

「うん。俺もそうする」
「でしょ?」
「……でも……」

窓の方に向けられた視線をつくしの方に戻し、再び尋ねる。

「修理できるのが、その会社『だけ』だとしたら。
この大きさの一枚硝子の特殊加工、耐震性、すべてをクリア出来る技術があるのが、その会社だけだったら?」
「そ…れは…」
「方法は2つしか無い。
ここの壁を普通の窓に変えるか、言い値で直して貰うか。
この場所は一面硝子から見える風景が『売り』だから、壁を変えたら、その後の維持コストは減るけど、経済的価値は下がる。
当然、収益もね。
おまけに改築のため、資金の調達も必要になる。
経済的価値を維持したいなら、言い値に従うしかない」
「! ……あ……そっか…」
類の言葉につくしが納得したように呟く。

「つまり、他に誰も真似出来ない、特殊分野であれば、その経営を独占出来るってこと…?」
「そう。そして…この『薬』に関しては、それと全く同じ事が行われているって訳」
「え?」

再びの話の方向転換に、考え混んでいたつくしが顔を上げた。


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