Welcome to my blog

駄文置き場のブログ 2nd season

Article page

In The Forest 41

第41話


「同じこと…?」
つくしから出た言葉に類が頷く。

「認可されている薬が発売されたのが今から35年程前。
発売元は明和(めいわ)製薬。
そこで開発に携わっていたのが、ゲオルグ・リートミュラー」
「あ…それ…」
つくしが手にした書類に目を落とす。
治験のデータの一番最初に書かれている名前。

「そう。未認可の新薬の開発者」
「じゃあ、このデータは、明和製薬で作成されたものなの?」
「否…」
類がゆっくり首を振り、詳細の説明をし始める。

発症原因が判らずその事例も少ない事から、有効的な手立てのなかった病気に対し完治こそしないものの、その発作を抑え、延命措置が出来るものとして認可された。
成分配合に関しては、明和製薬が特許を取得しているため、独占状態だという。

「他の製薬会社は、開発に乗り出さなかったの?」

つくしから出る素朴な疑問。
それこそ、花沢にも製薬会社はある。
独占させず、新たな新薬を開発すればいいのに…?
との思いが浮かんで来るのは至極当然。

「新薬の研究には時間とコストが掛かる。おまけに患者数が少ない。
経営の面から見れば、手を出したい代物ではないよ。
投資額に対し、得られる利益との採算が合わない」
「そう…ね」

類の言い分はある意味冷たいが、今のつくしもいち個人事業主。
経営者としては冷静な判断だと、充分に理解出来る。

「あ、でも…じゃあ、明和製薬は何でこの薬を…?」
「……元々、認可されている薬は、ゲオルグが大学教授時代に試験的に開発したものがベースになっている。
ある程度は形になっていたからね。
明和製薬は大して労せず、その処方箋を手に入れたようなものだ」
「ちょ…ちょっと待って」

類の言葉に、つくしがストップを掛ける。

「それって…そのゲオルグさん…? が作った薬を、明和製薬が横取りしたってこと…?」
「……有り体に言えばそうだね」

類の淡々とした声がその先を続ける。

「…尤もゲオルグはさして問題視していなかったらしい。
元々学者気質で、経営や利益…その権利の帰属に頓着をしていなかったみたいだから。
実際、その薬が厚生労働省からの認可が降りたのは、明和製薬の力も大きい」

明和製薬は製薬会社としての歴史も長く、認可等に関しては精通している。
言い方は悪いが、厚生労働省ともある程度『通じて』いるのだろう。
つくしは新薬の認可に関しては専門外だが、弁護士仲間を通じ、その辺りの情報について、多少の知識はある。

「だけど…問題が起きた」

類が資料の中にある治験者データの中から一つを指差す。
つくしがそれに目を落とすと、名前の欄には『H.R(W)』と書かれている。
イニシャルと、(W)は治験者が女性(Weiblich)であることを指している。

「H.R…仁実(ひとみ)・リートミュラー。日本人で、ゲオルグの奥さん。
その奥さんが発症したのは、丁度認可が下りた頃。
そこで初めてゲオルグは、自らの過ちに気付いたんだ」
「それって…」
「そう。認可の下りた薬では、思った程の効果が出ないっていうこと」
「………でも…それって…認可前に調べて居た筈でしょ?
なのに…?」
「……ここからは…俺の推察だけど…」

類が前置きし、言葉を続ける。

「当時、まだ世界の何処でもこの病気に関する新薬が無かった。
明和製薬は『世界初』という肩書きが欲しかった。
厚生労働省側でも…外交関係で政治的な動きがあったみたいだね。
『日本初の認可』というのが重要だったんじゃないの?
事実、当時治験の対象になった患者には、効果があった訳だし」
「そんな狡いこと…!」
「綺麗事だけじゃないのが世の常なのは、『法律』の世界と同じ事だよ」

類の言葉につくしも押し黙る。
それはつくしが携わる、法の世界においても同じ事。
法律は万能では無く、すべてが平等では無い。
否、平等であるために日々進歩はしているのだが、未だ発展途上。
人類は多いため、すべてをひとつの『法』の枠に納めるのには、元より無理のあること。
だからこそ多くの『グレイゾーン』があり、それをより『白』に近付けるために、裁判というものはあるのだから。
そしてそれは時として『限りなく黒に近いグレイ』も、『白』にしなければならないときもあることを、今のつくしは知っている。

俯くつくしに、類が苦しげに視線を向けるが、つくしからはその類の表情は見えない。

「データが示す通り、大半の患者には効果が無い。…彼女もそう…」

テーブルに置かれたデータの数値は、認可薬による効果が出ていない事を示しており、最終欄には発症後1年で死亡の文字が書かれていた。

「ゲオルグ…さんは…?」
「無論、抗議をしたよ。
自らも過ちを認めるから、社もそれを発表し、謝罪すべきだとね。
でも…」

類が一端言葉を句切り、ひと呼吸置く。

「会社にしてみれば、その損失補填に掛かる費用の問題に加えて、認可を出した厚生労働省との問題もあるんだろう。
それに他社に効く薬がなければ、嫌でも患者はその薬を使用する。
…自らの命が掛かっているからね。
『効く・効かない』ではなく『売れる・売れない』を問題視したんだ」
「それが…さっき花沢類が言っていた『経営戦略』…?」

つくしの問いに、類がこくりと頷く。

「おまけに使用する病院側にしても、保険対象外の医薬品だから確実な収入が入る。(※)
患者側から見れば、判例が少ないから、他と比べようもない。
『たまたま薬が効かなかった』そう言われてしまえばそれまで。
結局、製薬会社、政府、病院、すべてにおいて黙殺された」
「そんな…!」

批判の声を上げるつくしに対し、類も僅かに目を伏せる。

「…結局、奥さんの死後、ゲオルグはすべてを捨てて自国に戻った。
未認可の新薬は、向こうで30年以上掛けて研究した成果。
認可を受けようとしたらしいけど…未だ未認可なのが現状」
「……………」

その場に重苦しい空気が流れる。
それを打ち破ったのは、類の一言だった。

「牧野に、この件で頼みがある」



※ 社会保険制度その他につきましては、『駄文置き場のブログ』の 『「この森」の裏っ側』 をご参考下さい。


関連記事

Category - 本編 『In The Forest』(完結)

0 Comments

Post a comment