Comedy

Comedy 3話 星香






俺の番が回ってきた。

司は牧野に振り回され、類は俺達に牽制してきた。
ここはひとつ、ビシッと牧野の心を掴んで決めてしまおう。司が騒ごうが類が牽制しようが、牧野の心がこちらに向けば良いだけのこと。
牧野に一般女性の常識は通じない。どちらかというとうちの妹達に近い。そう考えれば楽だ。
だから…

「牧野。水族館に行かないか?」
そうやって俺は牧野を誘う。
動物園でも良かったんだが、まだ残暑厳しい中では少し厳しいものがある。

案の定、牧野は
「えっ? いいの?美作さん。行きたいな」
なんて、嬉しそうに言ってきた。
だろうな。牧野は動物好きだから行きたがると思ったよ。

当日、俺は自分で運転し助手席に牧野を乗せる。その方が牧野も運転手に気兼ねしないだろう?
ああ、間違っても類のような運転はしない。
…乗ったことはないけどな。総二郎の話だけで充分だ。


川崎からアクアラインのトンネルに入り、途中『海ほたる』で休憩を取る。
海のど真ん中にある小さな人工島から見る景色は、空も海も青く輝いている。

「うわーっ! 綺麗! 気持ちがいいねっ!」
屋上の展望台に出ると、目を輝かせ四方を見回す牧野の眼も、それに負けぬ程に輝いている。

…まずいな。
インター降りたらそのまま別の場所に直行…。
いかんいかん。それだと司と一緒になっちまう。チェリーボーイと一緒にされては心外だ。
そこに行くのは日が暮れてから。じっくり、本人がその気になるまで待つ…というより、その気にさせてみせる。

牧野がソフトクリームを食べクールダウンしている間に、俺も気持ちをクールダウンさせた。
そう、それこそ司と違って、ここで鼻血を出すような真似はしない。
鼻にティッシュを詰めてトントン…。…無理だな。そんなことを牧野にされたら、立ち直れなくなる。


再び車に乗り込んだ俺は、海の見える道を走らせた。
アクアラインから館山自動車道を通り、君津へ。
房総スカイライン、鴨川有料道路を経由し、辿り着いたのは鴨川シーワールド。
中に入ると予想通り、牧野は大興奮している。

「うわー。凄い! 可愛い! 見て、美作さん!」
「ああ、可愛いな」

可愛いのはお前だよ、牧野。
そんな気持ちを言葉に込めてみる。
…ま、そんな間接法じゃ通じないんだろうけどな。

「それに…なんか色々イベントやっているんだね。
うーん、どれから見ようか? イルカは外せないよねっ!
それに…何これ? 『大人のナイトステイ』だって」
「…ああ、何かここって予約すれば泊まれるらしいな」
「そうなんだ。ちょっと泊まってみたいかも…」

牧野がパンフレット片手に呟いているが、俺は泊まるならもっと別の場所の方が……。
…はっ! いかんいかん。それにはまだ早い。

誤魔化すようにして、イルカショーの見える場所へ、牧野をエスコートする。
イルカショーは人気で席取りも大変らしいが、その辺は抜かりなく押さえてあった。
見やすいのに、不用意に水が掛からないベストスポット。抜かりはない。

イルカがジャンプしたり、水の上に立つようにして後ろへ泳いだりする度に、牧野は驚き喜び、夢中で拍手を贈る。
…本当、無邪気で可愛いな…。
今まで大人の女性との、スマートな付き合いしかしてこなかった俺だが、牧野と一緒ならこんなのも悪くない。
そう思っていたのに…。

「では次…。この中でお手伝いしてくれる人、いませんか?」
「はいっ! 私! 私やります!!」

なにっ?
ショーを進行するお姉さんの問い掛けに、意気揚々として牧野が手を上げる。

「ちょ…おい、牧野」
「美作さんも一緒にやろうよー」

無邪気に俺の腕を引っ張る姿は、殆ど「ねぇお兄様、一緒にやりましょうよぅ」とサラウンドで言う絵夢、芽夢と一緒。
やる…って、何を? どうせヤるなら別のことを…。
…とは、口が裂けても言えないな。
と、自分の中で葛藤している間に、牧野に手を引かれ、何故か俺は牧野と共にイルカショーの舞台中央へ。

「はい、じゃあこうやって…。手を真っ直ぐ上げて下さいね。
3.2.1…はいっ!」

カウントに合わせ、牧野がさっと手を上げる。仕方がないから、俺も上げる。
するとプールの中のイルカは華麗にジャンプ。

わーっ!!
観客の歓声の後………。
バッシャーーーン!!
水しぶきが俺たちの場所に飛んでくる。

「ひゃっ! 冷たーい。でも、気持ちいいねっ」

牧野にも掛かったらしい。が、大きく濡れたのは俺。
全然、気持ちよくないぞ! イルカのいるプールの水だぞ!? 気持ち悪くないのか? 牧野!!
そう言いたいのだが、水を被ってもケタケタ笑う牧野に、そんなことは言えない。
「あ…ああ…。まぁな…」と曖昧に返事をしておく。

「はい、じゃあお手伝いをしてくれたお二人に、イルカたちからのプレゼントです。
すみません。こうやって、顔を出して頂けますか?」

司会のお姉さんは、プールの方に顔を出すように言う。
これ以上、何をやらせる気なんだ?
そう不安が隠せない俺に対し、牧野は興味津々。
言われた通りにすると、プールの中からイルカが顔を出し、その柔らかい頬にキスをした。

「うわっ! 嬉しい! イルカにキスされちゃった」
牧野はそう言って無邪気に喜ぶ。
キスくらいで喜ぶんなら、俺がいつでもキスするんだがな。

「はい、じゃあ次は、そちらのお兄さんもお願いしまーす」
「否…俺は…」「美作さんもやって貰いなよ。可愛いよ」

どちらかというと、イルカより牧野からのキスの方が…
と思う間もなく、イルカがプールから現れて…。

ぱしゃっ!
イルカの奴、ヒレで俺に水を掛けやがった。
見ている観客は笑うし、牧野は呆然。
何だ…? 一体…。

「あ…れ…? ごめんなさい、お兄さん。
今日はイルカのルイくん、機嫌が悪いみたいですね」
「は…? 類??」
「へぇ…ルイっていうんだ。花沢類みたいに寝てばかりいるのかな?」

興味深げに牧野がプールを眺めると、さっき俺に水を掛けた類…
もとい、イルカのルイが再び現れ、今度はこともあろうに牧野の唇にキスをする。
何なんだ? あいつの背中にはジッパーがあって、中には類が入っているんじゃないのか?

「ルイ君。すっかりお姉さんが気に入っちゃったみたいですね。
お兄さん、すみません。水もしたたるイイオトコということで…。
ありがとうございました。
ご協力頂いたお二人に、盛大な拍手をお願い致します~」

何なんだ? その強引なしめ方は!?
と、抗議する間もなく、俺と牧野はイルカショーの舞台を後にした。



「面白かったね。ほら、洋服ももう乾いたよ」

確かに炎天下の中では、掛かった水はもう殆ど乾いている。
が、俺としてはイルカが居たプールの水で濡れた服を、そのまま着ているのも気持ちが悪い。
……ん? 待てよ…?
少し早いが、これはチャンスか……?

「なぁ、牧野…。俺はちょっと着替え…」

ぐーーーーーっ
盛大に牧野のお腹が鳴る。

「や…やだぁ…」なんて言いながら牧野は真っ赤になるが…。
まぁ仕方がないな、この場合。何とも牧野らしいし。

「もう昼も過ぎてるからな。何か食べに…」「あっ、私食べたいものがあるの!」
あまり何かを強請らない牧野が珍しいな…と思いつつ、「判った。そこに行こうか」と告げる。
そう、そこからは俺のペースで進められる。

…筈だったのに…。
何故だ…。何でこうなった…?


俺達が今いるのは、海の近くの掘っ立て小屋のような、只の倉庫のような、色気の『イ』の文字もない場所。
その一角で網を挟んで牧野と向かい合い、俺は何故か手袋を片手に網奉行をしている。

「うーん。美味しいっ! 新鮮で美味しいねっ!」

一方の牧野は、程よく焼けた貝やら魚やらを頬張っているのだが…
もくもくもく…。
その笑顔は、海鮮を焼く煙にかき消されてしまう。

「ほらっ、美作さん。伊勢エビ焼けたよ。
知らなかったんだけど、千葉県って伊勢エビ漁獲量日本一なんだってね。
伊勢エビって言うから、お伊勢さんが一番だと思っていたのになぁ…。
あっ、ここね。前にテレビで見てから一度来てみたかったんだー」

ホタテのバター焼きを頬張ると、牧野が嬉しそうに告げる。
テレビって…。牧野、お前は類2号か!?
そう思いながらも、とびきりの笑顔には勝てず、トングを片手に貝をひっくり返す…。
すると、店のおばちゃんから「ホラ、貝はひっくり返したら、美味しい所が全部下に落ちちゃうよ!」と怒られる始末。

一体、何なんだ?

結局、洋服は塩水に浸かった後、煙でいぶされ、更に牧野の「あ、あと勝浦タンタン麺も食べたいんだ~」の一言で、担々麺のハネまで付ける羽目に…。

何故だ? 何でこうなった??
ロマンチックな夜を過ごす筈が、お腹いっぱいで爆睡する牧野を隣に、一人侘しく車を走らせなきゃならないんだ?

こうして、俺の順番の一日は終了した。
「うーん。もう食べられない…」
牧野の寝言を残して…。


つづく
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