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Fantasy 12話 河杜花

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総二郎×つくしver



「いのち短し 恋せよ乙女♪あかき唇 あせぬ間に♪」
つくしは流行り歌のゴンドラの唄を口ずさみながら、廊下を箒で掃いていた。
「つくしちゃん、旦那様がお呼びよ。」
「あっ・・・はい。」
つくしは慌てて箒を片づけ、この館の主人西門龍太郎侯爵の元へと急いだ。
広い屋敷内を女中頭に怒られない程度に早足で向かい、部屋の主のドアの前で深呼吸をした。
落ち着きを取り戻してからノックをする。

トントン

「お入りなさい。」
重厚な扉を開けると、壁一面の背の高い本棚が四方を囲み、
大きな椅子に腰を掛けている人物がつくしの視界に入った。
「お呼びでしょうか。」
「ははは。すっかり女中姿が板についたね、つくしちゃん。」
「旦那様・・・・。」
「冗談だよ、冗談。実は、君を呼んだのはね、来週には祥一郎が戻ってくるんだ。」
「祥一郎様が?!」


この西門龍太郎には三人の息子がいる。
長男祥一郎は軍人、次男総二郎は医学生、三男優三郎も学生。
牧野つくしは西門家執事の養女で、両親が亡くなったのでこの春から西門家に奉公しているが、
西門三兄弟とは幼馴染みでもあった。
そして長男の祥一郎は、幼いころからの憧れの人でもある。
祥一郎は次期西門家当主ながら軍人としての功績も素晴らしく、
帝国大学を首席で卒業後、絵に描いたようなエリートコースで出世を歩んでいる。
なのに穏やかな性格で偉ぶるところがなく、
使用人にも分け隔てなく振る舞う等、心優しい一面があった。
その祥一郎が戻ってくる。
今回はどのくらい滞在するのだろうか、お土産は何を持ってきてくれるのだろうか。
だが、龍太郎が次に発した言葉は、つくしが想像していた言葉とは違っていた。

「祥一郎が戻ってくる際、嵯峨野宮薫子さんとの結納を行う予定だ。
・・・それで君を呼んだのは、薫子さんとの結納はもちろん、
当日の薫子さんのお付きになって貰いたいのだ。良いかな?」
「・・・私に、務まりますでしょうか。」
「是非お願いしたい。祥一郎から君にお願いしたいと手紙にしたためてあったのだよ。
それだけ君の事を信頼しているのだね。」
「祥一郎様が・・・。畏まりました。お引き受けいたします。」
「よろしく頼むよ。さあ、下がりなさい。」
つくしは廊下に出ると、そっと溜息をついた。

次期西門家当主として、こんなに目出度い事などない。
早目に結婚し、世継ぎをもうけ育てる必要が西門家次期当主としての祥一郎の役目でもある。
しかも世の中はいつ日本が戦争に加わるかと、大手新聞社等が騒ぎ立てているような世界情勢だ。
祥一郎の結婚は、はやくするに越した事がないのだ。
そして、憧れの人が結婚することを喜ぶべきだ。
そう思っているのだが、なぜか気が晴れない。
まだ大人になりきれない自分がいる。
大事な宝物を取られた子供のように。
つくしは心落ち着ける場所へと足を運んだ。
子どもの頃、よく遊んだ庭を見ることができる場所に。



「つくしか?」
つくしが窓から庭を眺めていると、感情の抑揚がない、低い声が背後からした。
つくしは振り向かなくても声の主がわかった。総二郎だった。
「何を眺めている?」
「総二郎様・・・。」
そっと振り返って総二郎を見ると、外出先からの帰宅だったらしく、
着衣から微かに甘い白粉の匂いが漂っていた。
西門家の人々は勉学に関して非常に優秀だ。
その中でも総二郎は長男の祥一郎を差し置いて、大学創立以来の天才と謳われているほどだ。
そして親戚一族みな美丈夫なのも、西門家の特徴であった。
本家である西門三兄弟のうちでも、総二郎が一番のハンサムで、
光源氏の再来と言われて将来を嘱望されていた。
だが、いつ頃からだろうか。
総二郎は学友らと派手に女遊びにあけくれるようになり、格式を重んじる親戚どもから、
恥知らずの不肖の次男坊であると後ろ指をさされるようになっていったのだ。
年齢も一つ上で歳が近いからか、つくしと総二郎は幼いころはよく一緒に遊んでいた。
だけど、物心がついて気が付いたときには、総二郎はいつのまにか見えない壁をつくり、
距離を置くようになって、女遊びをするようになっていた。
自分は総二郎に嫌われるような事をしてしまったのか。
何か気に入らない事をしてしまったのか。
どうにか聞き出したくても、なぜか自分を避ける総二郎に、
なかなかそのような機会は与えられずにいた。

そんな総二郎から声をかけられたのは嬉しかった。
一瞬、見えない壁など無いように思えた。
しかし、総二郎から香る白粉の匂いが、なぜだかつくしを苛つかせて不安にさせる。
これ以上、総二郎の前にいると泣き出してしまいかねない。
つくしは悟られるまえに、立ち去ることに決めた。
「いえ、特に何も・・・。申し訳ございません。今すぐに仕事場に戻ります。」
突き刺さるような視線とまとわりつく甘い香りから逃れる為、総二郎の横を通り過ぎようとすると、
総二郎の腕がその行く手を遮った。
「え・・・?」
遮ぎる腕に沿って見上げると、いつもの無機質な表情と異なり、
総二郎の瞳の奧から微かな歪みと揺れを感じとれた。
「・・・俺の事がそんなに嫌いか?」
ほとんど聞こえない小さな声で総二郎が呟いた。
腕がかすかに震えている。
「逃げ出そうとするほど・・・駄目なのか・・・。兄貴にはあんなに・・・!」
「えっ?今、何て?」
つくしが驚く表情を見せると、総二郎はハッとした様子で口をつぐんだ。
「・・・なんでもない。」
急に黙ったと思うと、遮ぎっていた腕をゆっくりとおろした。
苦しそうに顔を背ける総二郎に対して、つくしは自分の心を押し殺し、微笑み返す事しか出来なかった。
「・・そろそろ私、仕事に戻りますね。失礼致します。」
どうやら自分が想像していた以上に、総二郎に疎まれていたようだ。
先ほど見た総二郎の辛そうな顔が、つくしの小さな胸を突き刺す。
つくしはゆっくりと総二郎にお辞儀をし、仕事場に戻っていった。



総二郎がつくしの兄に対する憧れに気付いたのは、年端もいかない頃であった。
つくしが笑う姿を独り占めにしたくて、大好きなカエルの詰め合わせを贈ったら、
泣いて喚いて兄の元に走っていく。
つくしが野花を摘んでいたので総二郎も綺麗に花壇で咲いていた花を摘んだら、
育てた花なのに酷いと泣きながら兄に慰められにいく。
つくしは何かあると、必ず兄のところへいき、自分には見せた事のない笑顔をみせるのだ。
つくしの柔らかい満面の笑みはなんて美しいのだろう。

その笑みを見た瞬間、総二郎の中を黒い靄が侵食していった。
心臓、腸と次々に侵し、脳内にも黒い靄が行き渡ると、
衝動的につくしを自分の支配下におきたいという欲望が湧き上がってきた。
その場でつくしを押し倒し、白い頸に消えない紅い印をつけたい。
自分以外の男にその無垢な体を捧げる前に、
赤い果実のような唇と匂いたつ甘い蜜を堪能して啼かせたい。
総二郎はその欲望に囚われ始めると、下半身に熱が帯び始めた。
もし、この時に女中が自分を探しに来なかったら、どうなっていたか・・・。

総二郎はやりきれない想いを胸に押し込め、
家の中へと戻っていった。ずっと見ない振りしてきたつくしへの恋心と、
決して赦されない自分の醜い欲望に、これからどう向き合っていくか途方に暮れた。
そして総二郎はつくしを避けるという手段で、自制心を得たのだった。



あと1ヶ月で祥一郎と薫子が婚約という時、西門家を揺るがす大事件が起こってしまった。
祥一郎が西門家の女中と駆け落ちをしたのだ。
西門家の面目が丸潰れの中、長男の失踪を隠すかのように
西門家は総二郎を後継者に指名した。
そして、あれよあれよと体面を整えてしまったのだ。
ただ、肝心の総二郎が祥一郎の後釜になる事を渋っているらしく、
西門家としても優秀な総二郎を失って西門家としての格を落とさないためにも、
細かい揉め事などは据え置きにしたままだった。

数日しか経っていないのに、まるで数年は経ったかのような濃密な日々が過ぎていった。
西門家では毎日のように会合があり、今夜も親戚筋が集まっての会合が行われている。
感傷に浸る暇すらない程つくしは多忙な毎日を過ごしていたが、
自分がそれほど悲しみに浸ってないことに、なんとも言えない複雑な感情を抱えていた。
所詮は憧れは憧れに過ぎなかったのかもしれない。
勝手に理想像を祥一郎に押し付けて、恋に恋していたのかもしれない。
そんな薄情な己から逃げるため、月が見たくなって庭に出てみると人影を見つけた。
総二郎だった。

連日の疲れが溜まっているのだろうか、つくしが近寄ってきても、
建物にもたれたまま全く気が付く気配がない。
庭先を見つめる視線が、幼き頃を彷彿させた。
「そう・・・ちゃん?」
「・・・つくしか。」
「あっ!すっ、すみません。総二郎様。」
「いや、ガキの頃をおもいだした・・・。嬉しいよ・・・。」
月夜に照らされた総二郎は何処か儚げで、消えて無くなってしまいそうに思えた。
「まさか、あの優等生の兄貴が、女と駆け落ちとはなぁ。
・・・はは、意外だけど、嫌いじゃねえな。そういうの。」
総二郎は身体をゆっくり起こすと、深い溜息をついた。
「その代わり・・・俺は籠の中の鳥の仲間入りだけどな。」
小さな声で自嘲的に呟く総二郎の弱気な台詞に、つくしは驚いた。
つくしは自信家で意地悪な総二郎しか知らない。
まるで今にも泣き出しそうな顔や声に、どうしたらよいか戸惑いを隠せなかった。

「そうちゃん、跡を継ぐのは嫌なの?」
つくしは発言してから、自分の立場を思い出した。
そんなことを言える立場じゃないのに。
「・・・申し訳ありませんでした。」
総二郎はゆっくりと振り向き、もたれていた場所からつくしの方へと近寄ってきた。
そして綺麗な手を伸ばし、つくしの髪の感触を確かめるかのように、触っていた。
こんな事を総二郎にされたのは、初めてである。
「・・・ガキの頃、よくここで遊んだな。つくしはいつも、兄貴の方ばかりと遊んでだけど。」
クスクスと笑う総二郎の顔はとても綺麗で、目を離すことが出来ない。
つくしは胸がキュッとなるのを感じた。
「小さい頃はよかったな・・・。無邪気に遊ぶだけで、何も考えてなくて。」
総二郎の指がつくしの頬にあたる。わざとなのだろうか。
それとも無意識なのだろうか。
「つくしは・・・、兄貴が他の女と駆け落ちしたのに、
もうなんともねぇの?終わった事なのか?」
つくしが答えられずにいると、いつの間にか総二郎は髪をさわるのをやめていた。
そしてその指を頬から唇へと動かし、止めた。
「なあ・・・。もし今、俺が一緒に駆け落ちしてって言ったら・・・、どうする?」

総二郎の瞳がつくしの瞳を捕らえる。
獲物に狙い定めるかのようなその視線に、つくしは動けない。
つくしの唇を触る総二郎の指が、熱を帯びていく。
初めて体験するこの刺激が、つくしの脳内に危険信号を鳴り響かせた。
なんとか声を振り絞って出すことで、つくしは理性を取り戻そうと必死だった。
「・・か、からかわないで・・・ください・・・・。」
そうだ、からかわないで欲しい。
総二郎は自分のことが疎んでいるのではなかったのか。
今まで避けてこられていたのはなんだったのか。
なぜこんな甘い声で、心を乱すことを言うのか。
「からかってなんかねぇよ。」
「嘘・・・。」
「・・・質問に答えろよ。俺と駆け落ち、するか?」

総二郎の指がつくしの唇をなぞる。掌がつくしの頬を包む。
総二郎のぬくもりが肌を通して、つくしの中を駆け巡る。
今まで滞っていた澱みが、一気に流れ出し、刺激がつくしの躰全体を包んでいた。
気がつくと、ゆっくり、ゆっくりと、総二郎の綺麗な顔がつくしに近づいてきていた。
蛇に睨まれた蛙の如く、つくしは総二郎の瞳から視線を動かすことができない。
さらさらとした前髪が、つくしの鼻にあたる。あと少しで接吻される・・・!

つくしが目をぎゅっと閉じた瞬間、数人の使用人達の総二郎を捜す声が、
つくし達のいる方向に向かって聞こえてきた。
「総二郎さま~~~!」
「若さま~~~!!」
すっと、総二郎をまとう香りが離れた。きつく閉じた目をそっと開けると、
総二郎は先ほどまでの顔つきとは異り、いつもの鋭い目付きに戻っていた。
「つくし、早くこの場から去れ。使用人が俺と庭先にいたらまずいだろ。」
使用人達の声が、どんどん近付いてきた。もう、すぐそこまで捜しにきている。
「・・・失礼します。」
つくしは足を縺れさせながらも、必死にその場から離れた。
なんとか屋敷に戻ってみると、1時間も姿が無かったと女中頭からこっ酷く叱られてしまった。
だが、つくしはそんなことすらどうでもいいくらい、あの感触が忘れられなかった。
つくしはいつのまにか、祥一郎の事よりも総二郎で頭がいっぱいになっている事に
気が付かないでいた。



騒動から1ヶ月過ぎたころ、つくしは西門龍太郎に呼び出された。
今回は龍太郎の書斎ではなく、西門邸にある夫婦の居間までくるようにと言われた。
西門家の居間にくるのはつくしが奉公にあがる時に挨拶をして以来だったので、
4年ぶりだった。

「失礼します。」
重厚な扉をあけると、主人である龍太郎と絢子がソファに座っていた。
つくしに対面にある椅子へ座るように促すと、律儀な龍太郎がソファに身を埋めており、
一目見て憔悴している様子が分かった。
「祥一郎の件ではつくしちゃんにも迷惑掛けたね。
今日は恥を忍んでつくしちゃんにお願いがあるのだよ。」
眉間に皺をよせながら、龍太郎は話を続けた。
「祥一郎の婚約者の嵯峨野宮薫子さんなんだが、
祥一郎が馬鹿な事をしたばかりに、いくら宮家出身とはいえ、
後ろ指を指されて嫁ぎ先に困る事になると、先日、嵯峨野宮家から抗議を受けたんだ。
そこで祥一郎の事は目を瞑って表沙汰にしないかわりに、総二郎との婚約が条件となった。
だが・・・、総二郎が拒んでいる。」
いつも堂々として威厳のある龍太郎の身体が、一回り小さくなってしまったように見えた。
絢子にいたっては、今にも泣いてしまうのではないかと思えるような様子だ。
「・・・総二郎は、君と結婚をしたいと言って聞かないのだよ。」
「えっ・・・?」

つくしは何を言われたのか、訳が分からなかった。
総二郎が、自分と結婚したい?!
あの時の総二郎が、脳裏に浮かぶ。まさか、本気だったのか。
「あ、あの、旦那様。私は特に総二郎様とお約束はしてませんが・・・」
つくしは嘘を付いてはいない。
なのに心が痛む。
「やはり、そうだったか・・・。」
深い溜息をつき、この館の主人はソファに身を沈めた。
疲れた様子の夫にかわり、絢子はテーブルにあった風呂敷を開けた。
中から写真が出て来た。 絢子はそっとつくしの前に差し出した。
「奥様、これは・・・。」
つくしが手に取ると、写真の男は総二郎の学友だった。
「花沢類さんよ。総二郎さんの学友なのはご存知かしら。
随分前だけど、花沢さんがこちらにいらした際に、
つくしちゃんが総二郎さんのお部屋までご案内されたでしょう?
その時に、あなたのことを見初めたそうなのよ。
つくしちゃんは西門の人間で身元もしっかりしているし、
あちらは華族ながら商売もされていらしているし、悪いお話ではないと思うの。」
つくしは目の前にある写真の若者を、改めて見た。
日本人離れした背の高さに、これまた色素の薄い茶色の髪。
この人とお見合い?
「先程も話した通り、嵯峨野宮家にこれ以上不義理は出来ない。
つくしちゃん、この縁談を受けてくれないだろうか。頼むよ。」
龍太郎と絢子が深々とお辞儀をした。

幼い頃からお世話になった主人らが、自分の縁談を取りまとめてくれただけで幸せな事なのに、
使用人であるつくしに頭を下げるなんてありえなかった。
一瞬、総二郎の顔がうかんだが、心の奥にしまうしかなかった。
椅子から降り、つくしは夫婦の膝にあった手を握りしめた。
「旦那様、奥様、顔を上げて下さい。
両親が亡くなってから、御二方には沢山お世話になっております。
御二方の恩に報いる事が出来るなら・・・。
その、縁談・・・お受けいたします。」

つくしが縁談を受け取った次の日、なるべく早く話を進めたいという西門家と、
漸く息子がお見合いをする気になったと喜ぶ花沢家の事情もあり、
月末の日曜日に花沢家で顔合わせする事になった。
総二郎には、縁談がまとまった後に話をするらしい。
娘のいない西門夫婦はつくしが縁談を了承した事に大変喜んだ。
西門家の養女にし、西門つくしとして花沢家に嫁入りさせ、嫁いだ後に恥をかかぬようにと、
沢山の嫁入り道具を拵えた。
まだ顔合わせなのに、既に嫁入りが前提となっているという事に、
つくしはただ溜息をつくことしかできなかった。

総二郎はつくしを嫁にしたい言ったという。
あの時の総二郎の言葉は、本気だったという事だったのだろうか。
総二郎は自分のことが本当に好きなのか?
いや、結婚しない理由として適当につくしの名前をあげて、
無かったことにしようとしているに違いない。
そうだ、そう考えよう。
そうでもなければ、いつも意地悪ばかりしていた総二郎が、
急に自分を嫁にしたいなんて言い出さないだろう。
きっとそうに違いない。この間の件も戯言なのだ・・・。
だが、同時になんとも言えない喪失感がつくしを襲う。
果たして、縁談を受けて良かったのだろうか。
自分が抱える心の痛みは何を指すのか。




総二郎は夢を見た。何年かぶりだろうか。
圧迫され暗く息苦しい中で、必死で足を運ぶ。
どんどん呼吸が浅くなっていく中、遠くに細い光が差し込むのが見えた。
手探りで頑張り歩いてみても、躰を引き戻す力と足枷があって進めない。
どうしたら前に進むことができるのか。
遠くに見える光の中に、一人、女が立つ。
自分が恋焦がれる唯一の女。
その女を手に入れる為には、その出口に向かわねばならない。
そう、誰かが囁く。
あの先に向かうと別世界がある・・・と。




つくしが縁談を承諾してから、つくしは総二郎と会うことが殆どなかった。
縁談までの間、西門家の養女として花嫁修業中だというのもあるが、
西門夫婦が鉢合わせさせないようにしている可能性があった。
総二郎は総二郎で、跡継ぎとしての宴会ばかりの日々だという。
総二郎に会って、真意を知りたい気もしたが、何と無く西門夫婦を裏切るような行為のように思えた。
つくしも花沢類という縁談相手がいることだし、総二郎は嵯峨野宮家とのこともあるしで
お互い会わないほうが良いのだ。
稽古帰りの車の中でそんな事を考えていた矢先、後少しで西門家に着くというタイミングで、
西門家の車が一台、ひっそりと道中に停まっていた。
夕刻前であるからか、車の中の気配が分からない。
何事がと運転手が車を出てもう一つの車に向かった瞬間、運転席に男が乗り込んできた。
なんと総二郎だった。

「そ、総二郎様!」
慣れた手つきでエンジンをかけ、ハンドルを切って走り出した。
運転手は総二郎が車に乗り込んできたのに驚いたのか、道路で腰を抜かしている。
「何処へ・・・何処へ行かれるつも・・・行くつもりなの?」
つくしを乗せた車はあっと言う間に畑や田んぼばかりのあぜ道へと走り抜け、
もうどこをどう走っているのか分からないところまで来ている。
遠くに見えるトンネルが、現実と別の世界を分ける境界線のようにつくしには思えた。
「・・・このまま駆け落ちしねぇか?・・・。」
「えっ・・・・?!」
「・・・、好きでもねぇ女と結婚させられるのは嫌だ。
だが、もっと嫌なのは好きな女が他の男のものになることだ!」
ダン!とハンドルをたたいた総二郎の美しい顔が歪む。
「何言ってるの?もう、決まったことじゃない!」
「俺は認めねぇ!
・・・兄貴と結婚する予定だった女と、なんで俺が結婚しなきゃいけねぇんだよ?!
次期当主になるためにその女との結婚が必要なら、そんなの俺はいらねぇ!!!
全部捨ててやる!
俺は・・・、俺はお前しかいらねぇよ!!」
「そうちゃん!」
「お前はどうなんだよ?!類との縁談、本気なのか?あいつのこと、好きなのかよ?!」
「好きではない!好きじゃないけど!
会ってみないと、好きになるかなんてわかんないよ!
そうじゃなくて、そうじゃなくてね・・・。・・・あたしはだんな様たちを裏切れない!!」
「なんだよ、それ!ははっ・・・。じゃあ・・・結局、俺の独りよがりかよ・・・。」

総二郎が車のスピードを上げる。もう、あと少しでトンネルへと突入することになりそうだ。
「そうちゃん、それは違う!ちがう、私だって総ちゃんのことを・・・好きだよ!
でも、でもさ!身分が違いすぎるよ!」
「関係ねえ!!好きでもない人間と結婚して、幸せになんてなれるか!」
グーンとスピードが上がり、トンネルに突入した。
暗い闇が二人を覆い、再び沈黙が車内を支配する。
「じゃあ、どうするのよ?!どうしたらいいのよ?!
私とそうちゃんは身分が違いすぎるの!
誰にも祝福なんてされないのよ?!」
「だから・・・。二人で幸せになるところに行こうぜ。」
「・・・・え?」
「このトンネルを抜けたら・・・!このトンネルさえ抜けたら・・・。」
「トンネル?!」
はたと外をみると、前方にトンネルの出口が見えてきた。
陽の光が目が入ると眩しい。
もうすぐ、トンネルの抜けるのが間近なのか、どんどん光が大きくなっていく。
「そうちゃん!どうなっているの?
トンネル抜けたらってどういうことなの?!」


パァッと白い世界が広がり、神々しい光が二人を包む。
様々な映像が上下左右と流れ、映像の中にある姿形が変わり、
自分らしき女が異世界の中で生活しているのが見えた。
隣を見ると、そばにいたはずの総二郎はいない。
耳をすますと、自分の名前を呼ぶ複数の男の声が聞こえてきた。
誰?
つくしは宙に躰が浮かび、気を失ったのだった。
拍手ありがとうございます♪
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