fleurs printanières 第8話 前編 -凪子-
第8話 前編
「司っ//!!今どこっ!?」
『間もなく牧野を乗せた飛行機が離陸する』
「は? 離陸って…待って!!なんで牧野がお前と!?」
『ちゃんと捕まえろよ』
「…え…」
一瞬、静かにほくそ笑む気配と共に
『泣かせたら、承知しねぇからなっ』
「は!? 泣かせるって…それ、何//!?」
プッ…
類は唖然としてひとり、切れた受話器を見つめた。
数時間前───
テレビ画面の中で笑い合うあの二人を見てから、未だ一向に胸のざわつきは収まらないのに…
ここにきて思いがけず、当の司本人から自分にかけてきたという事実。
加えて一方的に残された親友の謎の言葉に…
まだ混乱の最中にある思考は、少しずつ落ち着きを取り戻していた…
─どういうことだ…?
苛つく気持ちは懸命に押さえつつ、数日前からのカイの報告を、脳内で必死に整理する。
総二郎から始まり、あきらの車に連れ去られ…その後、何故かメイド喫茶でのメイド姿が送られてきて…
そこから三条とイギリスへ。更にドバイにまで飛んで、最後は……
「…クソッ//!」
つくしの謎の行動…
だがそれら全てが、難解なパズルのピースのようで。それぞれの出来事が合わさっても一体何を意味するのか、類にはまるで見当もつかない。
でも…
─『泣かせたら、承知しねぇからなっ』
切る間際、どこかぶっきらぼうに投げ付けられた無二の親友の言葉は、不思議と懐かしい暖かさも感じられて…
─…もし俺の、勘違いでなければ…
かつて自分が何も言わず、黙って司につくしを託したように…
─もしかして司も…俺の背中を……?
都合の良過ぎる解釈かもしれない。
だがもしそうなら、今類のすることはただひとつ──
─『ちゃんと捕まえろよ』
「そんなの…当たり前だろ//!」
言葉に出した途端込み上げてくる気持ち。
牧野に会いたい…!
会って今すぐ、抱き締めて────
衝動のまま走り出した類は、迷いなく両親の眠る寝室のドアを叩いた。
─ドンドンドン!!
「父さん母さんっ//! すみません!至急お願いがありますっ//!!」
*
─ハァ… 流石に疲れた…//
ところで今って、何時だろ…
司の手配してくれた居心地の良すぎる自家用ジェットで…つくしはひとり畏まりつつ、時計が無いかと辺りを見回す。
三沢『牧野さま、本日はどうもありがとうございました… ところで、何かお探しで?』
「あっ///! えっと…//」
つくしはようやく手にいれる事の出来た膝の上の”プレゼント”の袋を、ぎゅっと握り締める。
つ「あの、ですね///… この飛行機、日本には何時ごろ着きますか?」
三沢『ご安心下さい。司様より、通常の飛行時間より急ぎでとご指示を受けておりますので、恐らく明日の23時頃には東京に着くかと…』
─そっか… 明日の23時…
花沢類のお誕生日前日に、ギリギリ間に合うんだ…///
「ありがとうございます///!!」
司の配慮にも心の中で感謝しながら…
─でも23時じゃ花沢類、もう寝てるかもね…///
瞬間 つくしの瞼に浮かぶのは、非常階段で見慣れたあの美しい寝顔…
─…早く会いたい…
もうどのくらい、会ってないんだっけ…//
気づけばいつも側に居てくれた類。司と呆気なく終わってしまってからも、類だけは…
何も変わらず、いつもつくしにとって安らげる、暖かい日溜まりのような存在で…
気づけばいつからか、類の事ばかり考えてしまう自分がいた、、、
今思えば、全てが必然だったのかもしれない…
だから、忙しい社会人になる前に
どうしても類にだけは、何か特別な誕生日プレゼントをあげたかった…
そしてその時…やっぱり彼に、伝えたい事がある…//
そんな拙い自分の想いが実を結び、いよいよその段になって、今初めて、新鮮な緊張感がつくしを襲う。
─えっと、先ずは日本についたら花沢類を捕まえて…それから//…
…ん…?
「しまった///!どうやって捕まえようっ//!!」
『…牧野さま?』
「わっ///!いえそのっ、何でもないです//…!!」
まさか三沢に類の居所を訊ねる訳にもいかずに、つくしは慌てて誤魔化しつつも…
─やだ//!…あたしったら、まだ花沢類と会う約束だって全然取り付けてないじゃんっ//!!…ああっ!スマホ…も、忘れてきてるしっ…//
も~っ!バカバカバカっ//!!
くしゃりと泣きそうな顔に変わるつくしに、三沢が優しく言葉をかけた。
『牧野様、司様の仰ることには… 牧野さまは恐らく、何も心配なさることはないだろう、と…』
「へっ? …道明寺が…?」
『はい』
だがつくしが多くを訊ねる前に、三沢はニコリとひとつ微笑むと…そのまま一礼をし、奥の座席へと戻って行ってしまう。
─…何よ…それ…//
だが、
─あの司が、そう言うのなら…
不思議と根拠のない確信がつくしの胸に広がる。そして今更ながらに思い返せば、司の前にも… 不自然な程立て続けに、たくさんの友が代わる代わる、常につくしに力を貸してくれていたことを改めて思い出していた。
西門さん、美作さんに優紀も…
桜子も滋さんも…最後は、道明寺まで…//
自分のやっかいな性格など、彼等はとうに知っている筈で…
─……まっ、いろいろ変なアルバイトだったけどね…//
それでも…
彼らのお陰で今、手元には、つくし一人の力では決して叶わなかった高級過ぎる”プレゼント”がある…
─確実に、みんなのお陰、だよね…//
一風変わった親友達の顔を順に思い浮かべるだけで、更に付加価値が加わった気がした。
─…そっか…
みんながあたしに… “勇気”をくれたのかも…//
それがわかれば今のつくしにはもう、何の迷いもない。
─そしたらあたしは、尚更キチンと伝えなきゃね…///
ねぇ、花沢類…
もしもお誕生日に間に合わなくても、必ずあなたを探し出すから…//
大切なプレゼントの袋を固く握り締めて、つくしは束の間、そっと瞼を閉じ座席に身体を預けた。
**
『成る程… だがこんな時間にわざわざうちのジェットを飛ばせと無理難題を頼むほど、それは急ぎの用事なのかな…?』
フランスの時刻は深夜1時過ぎ…
類の父 巧(たくみ)は流石の貫禄を保ちつつ、寝室で息子と向き合う。
既に街も寝静まり、仕事の話なら非常識だと突き返すところを… 初めて聞く一人息子のドア越しの必死な声に、思わず向き合わずにはいられなかったのが本音なのだが…
『あなた…』
隣には、妻の麗(れい)が心配げに巧と類とを交互に見つめている。
だが
─大丈夫だ…
言外に妻にだけ優しげな眼差しを見せると、巧は再び厳しい父親の仮面を被ってみせた。
『どうだ類… 何か言い分は…
「どうかお願いしますっ//!!」』
いつもならだんまりを決め込む息子が初めて深々と真っ直ぐ頭を下げる姿に、不覚にも一瞬のまれた。
が、すぐに顔をあげた類と視線がぶつかる。
「仕事にも本腰を入れて、今後花沢にも多くの利益を生むよう精進に努める事を約束します!…でもそれにはどうしても、今すぐ会いたい人が居るんです//!」
類は真っ向から父親の目を見つめた。
そこにあるのは態度と同じく、息子の真っ直ぐな気持ちのみ、、、
『…それは、お前の大切な女性の事かな…?』
「…はいっ」
『…まぁ…//』
我が子らしからぬ潔い返答に、妻と共に思わず微笑みに崩れる顔を…巧はもうこれ以上 隠しはしなかった。
『何時に… 日本に着きたいんだ?』
「…えっ… 父さん、では…//」
『ククッ、何をぼんやりしている…?
今私に見せたような顔で、真剣に自分の気持ちを伝え彼女と向き合いなさい。それが私からのアドバイスだよ。』
「…っ// ありがとう、御座いますっ//…」
いつの間にこんなに好ましい青年になったのか…
我が息子ながら惚れ惚れするような男っ振りに、思わず口が軽くなった。
『だが類、もしうまくいったら… 必ず彼女を紹介してくれよ?』
「っ//…わかりました! 必ず…// 連れてきますから」
*
*
*
パタン…
静かに閉まる扉の向こうに、少しだけ甘酸っぱい感傷が残る。
『知らぬ間に、良い顔になったな…』
『えぇ… これも牧野さんの、お陰かしらね』
類が動き出した今、麗はそっとスマートフォンに手を伸ばすと、メール画面を開き、息子の友人の名前をタップする。
─ 無事作戦通りに、類は今朝早くこちらを発ちます
『フフッ、送信、っと』
『美作くんかね?』
『えぇ… これであとは、あの子の頑張り次第ね…?』
『あぁ…でも…』
幼い頃、自分達のせいで心を壊してしまった一人息子…
過ちに気づいた頃には、時既に遅く…
この先どうなってしまうのか、類の行く末に思い悩み、眠れぬ夜もあったのに…
それでも今。こんな風に類の事を思ってくれる皆の気持ちが、ただ嬉しくて、、、
『類は、友達に恵まれたな…』
『えぇ…本当に…』
どうかきっとこの先も、
全てがうまくいきますように、と───
夫婦は息子の幸せを願い、静かに微笑み合った。
*
明けて翌朝
深夜のフライトは危険だからと止められた類は、逸る気持ちをどうにか一晩押し留め…
今やっと、花沢のプライベートジェットに乗り、フランスを飛び立つことが出来た。
だが、明るい太陽光は、昨夜あまり寝付けなかった類にも希望の力を与えてくれるようで…
─牧野…//
必ず捕まえるから…待っててね……
翌日の日本での待ち焦がれた再会を胸に、類はそっと瞼を閉じる。
やがて────
どのくらい寝たのだろうか…
ブルリと震えたスマートフォンに、類は浅い眠りからすぐに目覚めた。
─…ハァ、全く… カイの奴、、、
いざとなれば強い癖に、どこか抜けていてそれでいて憎めぬ天然のボディーガードを思い、類の頬もわずかに緩む。この数日、どうやら彼からの不可解な連絡のせいで、スマホにも敏感になってしまった自分にも、苦笑しながら…
画面をタップした瞬間、思わぬ内容にフリーズする。
──件名『緊急事態発生』──
えっ…
嫌な予感が過りつつ、恐る恐る画面をスクロールしてゆけば、、、
『ハイジャック発生 犯人は恐らく2名 牧野様は人質として犯人と』
文章はそこで途切れていた。
「なんだよ… これ…っ///!!」
眠気など軽く吹っ飛び、すぐさまカイに電話をかけるも
RRRR...
~お客様のお掛けになった番号は、現在電波の届かない場所にあるか、電源が、、、、
「…っ//!! まきのっ//!!!」
Prochain → Aujourd'hui 12:00
↓おまけつきです♪
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