駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 53

第53話



バンケットルームのドアを開けると、目映い光と拍手の音。
類はそれを平然と受け止め、人混みの中を歩く。
途中、当然のように居た鷹栖久子のことは目の端に留めただけて、無視するようにその前を素通りし、設置された壇上へ独り向かう。
自らが着る赤い服のように真っ赤になるが、類の知ったことではない。

-まるでゴルゴタの丘に向かうイエスのようだ。

埒もない考えと嘲笑が浮かぶが、それに気付いた者は居ない。
飾り付けられた雛壇に上がった類が一礼し、口を開いた。





司会者の紹介と共に現れた類に、周りから一斉に拍手が起こる。
正装に身を包み真っ直ぐ壇上に向かう類は、王者の貫禄を醸し出している。
人混みの中それを眺めるつくしは、何とも言えない違和感を感じていた。

一見したところは、普段の類と変わらない。
貴公子然とした姿は、正装することで更に誇張され、辺りの女性陣からは感嘆の吐息が洩れる程。

壇上に立ち、社長に就任した旨の報告。
そして来月より独立行政法人と連携して行われる、レアメタルの海底資源開発に関するプロジェクトの発表。
採掘のための技術提携。
類がフランスに居た5年間、必要な各社との協力を取り付けたことにより実現にまで漕ぎ着けた成果の集大成。
自らの功績は語らず、淡々と、関係会社の協力についての礼を述べる。

就任挨拶にしては簡潔過ぎるそれを終えると、再びの拍手。
新社長として非の打ち所のない類の姿。

なのにつくしの目には、そこに居るのが類ではないように思える。
光の加減のせいか、何時もより顔色も良くない。
そう見えるのは、類が、あまりに遠くに行ってしまったからだろうか?
それとも…?



「…きの……。牧野」
「……へ? 何? 西門さん」
「何だ、聞いてなかったのか?」
仕方ねぇなぁ…と、苦笑を浮かべる。

類の挨拶の後、前社長で会長である悟の挨拶、更には主賓の挨拶の後、歓談の時間に入っていた。
が、当然のように類の周りには人だかりの山。

「類はこっちに顔出すのは無理かもしれんな。牧野は今日、時間あるんだろ?」
「あ…うん……」

あきらがここのホテルの一室を押さえてあるから、式典が終わったらそこで飲み直そうということになった。

「夜は長いんだし…とりあえず、何か食べようよ」
「滋さん。あまりがっつかないで下さいませね」
滋と桜子のいつもの会話に、心の何処かでほっとする。

「そうだね…少しお腹空いちゃったし…」
「何だ、牧野。『少し』か?」
「あ、美作さん。ヒド…」
軽くむくれながらも、いつもの会話を楽しんでいた。



その後も続く挨拶の嵐の中、つくしたちの前に類が姿を見せたのは、パーティの中盤過ぎの頃。

「よう。お疲れ」
「………本当に疲れた……」

取り繕うな外面を装う必要のない相手に、いつもの類の表情に戻る。
元々社交的とは程遠い類は、パーティ嫌いで通っていた。
フランスに居たときも、必要最低限のものしか出ていない。

「大丈夫なのか? こっちに来て?」
あきらが気遣って尋ねる。

「ん…。プロジェクトに関わる技術者達には挨拶してきたから」
まるで後はどうでもいいとでも言いたげな口調。
あきらも総二郎も納得した表情を浮かべる。


花沢物産が関わるプロジェクトには、美作商事も一枚噛んでいた。
美作商事は以前、海外企業と提携をし、中米のメタンハイグレード採掘事業に関わったことがある。
そんな中で、花沢物産がこのプロジェクトのメインになれたのは、提携をする技術者達の力が大きい。
プロジェクトは10年計画の長丁場。
技術系に明るい類が、時間を掛けて『口説き落とした』のだから、彼等に最も気を遣うのも当然と言えよう。

「お疲れ様」
「ん……」
仕事のことを話す男衆3人に、女性陣3人が合流する。

「……顔色、悪いけど…大丈夫?」
「………少し、疲れただけ…」
「なら良いけど…」

つくしが類に、ノンアルコールカクテルを手渡す。
酒には強い類だが、端から見ても悪い顔色が気になり、アルコールを渡すのは何となく憚られた。
類もそれを察したのか、素直にそれを受け取った。
華やかな一団に周りの注目が集まる中、類がつくしに耳打ちする。

「…そういえば…牧野に紹介したい人が居る」
「え? 紹介…って…誰…?」
「例の、ゲオルグの件で…」
類の言葉に、つくしが仕事モードに切り替わる。

「牧野に渡した治験データ。あれを日本語に翻訳した医師が、今日来てる」
「本当に? 良かった。少し聞きたい事もあったのよ」

2人がそっとその場を離れる。
その姿を、総二郎が視線の端に捉える。
フッと口の端を上げると、手にしたグラスの中身を煽った。

「…やけ酒か?」
総二郎の肩にぽんと手を置く。

「別に…そんなんじゃねぇよ」
空になったグラスを置き、ウェイターから新しいグラスを受け取る。


つくしが今日着ていた、淡い紫色のドレス。
シンプルで一見何の変哲もないそれは、ブランドが特別に造った、オートクチュールの一点物。
アクセサリーにしても同じ。
そしてつくしのドレスに合わせるようにして類の挿された、ドレスと同じ色のポケットチーフ。
総二郎も、勿論あきらも気付かない筈が無い。


「……すべては一期一会って事だ」
「何だ? それは」
「良いんだよ。俺は…」
「………そうか…」

あきらもグラスを取ると、2人は乾杯をするように目の高さに上げる。
今度は味わうかのように、ゆっくりとグラスに口を付けた。



※ 地下資源開発に関する内容は、すべてフィクションとなります。ご了承下さい。


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