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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 55

第55話


つくしの目の前に立つ悟は、類に似た面差しはそのまま。
変わったことと言えば、頭に白いものと顔に刻まれた皺がやや増えた事。
そしてつくしに向ける視線も、相変わらず好意的ではない。

-何故、お前如きがここに居る。
まるでそう言われているかのような瞳。
冷徹な悟の視線に、思わず顔を背けようとしたとき、隣に立つ類の、冷静な声が耳に届く。

「何ですか? 会長」

『父』とは呼ばず、敢えて『会長』と口にする。
仮にもここは公の場。それを知らしめるための言葉。
正式な招待状で招いたつくしを罵倒するなとの、類の無言の圧力。
尤も悟自身その辺りは心得ており、他人の目の多いこの場で、声を張り上げるような真似はしない。

「何をしている。こんな処で」
こちらも言葉尻は至極冷静。

「何…って…。見ての通り、挨拶回りですよ」
「久子さんを置いてか?」

2人の会話はすぐ近くで聞かないと判らない程のため周りは気付かないが、類の隣に立つつくしには、そのピリピリとした緊張感が伝わってくる。
そしてもう1人。
悟の隣に立つ、品のいい女性。
その独特の瞳の色が、類と全く同じなため、言われなくともそれが誰が、つくしには直ぐ判った。
女性
-望恵(もえ)も、2人の会話にはらはらした眼差しを向ける。

「彼女は外戚、株主とはいえ、花沢物産とは何の縁もありません。
話の中には社外秘のものも多い。特にプロジェクト関係は。
挨拶に同席させるのは、得策ではないかと思いますが?」
「…隣の女性はいいと言うのか?」
「彼女は俺の顧問弁護士です。弁護士には守秘義務がある。その点は心配ないかと」

類の流れるような受け答えに、悟の、つくしに向ける視線が尚一層厳しいものになる。
怯みそうになるつくしは、隣からの別の視線に気付く。

-顔を上げていろ。牧野。
類の目がそう告げる。
つくしがぐっと、手に力を込める。

今の自分は、目の前の悟ほどではないにしろ、全く無力だった5年前程、無力ではない。
悟からの視線を受け止め、背筋を伸ばす。
軽く会釈をし口を開いた。

「ご挨拶が遅くなり、失礼致しました。花沢会長。
類さんの弁護士を務めさせて頂いております。牧野です」

つくしの凛とした態度に、隣でそれを見た類の目元が緩む。
が、それも一瞬のこと。
すぐにまた元の表情に戻り、手元の時計に目を落とす。

「…そろそろ時間です。
挨拶の支度をした方が宜しいのではないですか?
母さん。貴女も」

悟が何か言いたげに口を開こうとするが、声にはならずそのまま何も言わず踵を返す。
悟の隣に立っていた望恵が、慌ててそれに続こうとし、ふとつくしを見て会釈をする。

悟の冷たい視線とは異なる、柔らかい視線。
だが、その眼は何処か哀しげだ。
つくしが返した会釈に僅かに微笑むと、悟の後を追った。


「…行こう…」
「あ…うん」

他のギャラリーが声を掛けて来る前に、類がつくしを促す。
つくしもそれに続き、総二郎達と再び合流しようとしたとき、会場の照明が暗転する。

歓談中も舞台では幾つかのイベントが行われていた。
花沢物産の成り立ちを示したフィルム映像や、要人達の祝いコメント。
その類いか何かか…? と思い、つくしがライトが照らされる舞台に目を向けると、ヴァイオリンを持ち立つ望恵の姿。
望恵は客席に向かい一礼すると、ピアノの伴奏に併せて弓を下ろす。

流れ出す、愁いを帯びたメロディ。
一瞬にして客たちの視線が舞台に集中する。
類は少しだけ舞台のほうに顔を向けると、人々の目を避けるかのようにテラスの方へ向かう。
舞台はつくしも気になり、一度だけそちらを見たが、直ぐさま類を追い掛けた。


テラスには案の定、誰も居ない。
9月に入った今、日中はまだ暑い日も多いが、日が落ちると気温もぐっと下がる。
会場の熱気の中に居たつくしには、その夜風が心地良い。
静かな月夜。
中で演奏する望恵のヴァイオリンの音色は、このテラスにも僅かに届く。


類は手摺に寄り掛かるようにして立つと、空を見つめ大きく息を吐く。
何となく、声を掛けるのが憚られる雰囲気に、つくしがその場を立ち去ろうとする。
その腕を、そっと類が掴んだ。

「あ…の…。花沢類……」
「………ここに居て…」
「え…?」
「ここに居てくれ。…あの曲が聞こえる間だけでいいからさ…」

つくしを見つめる類の眼は、先程見た望恵の姿を思い出させた。


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