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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 57

第57話


「類…!」

つくしが叫んで、類にしがみつく。
肩に掛かっていたジャケットが、ファサリとその場に落ちた。

「………牧野………?」
「……駄目だよ……類……」

-何が?
もし類にそう問われても、つくしにも判らない。
でも、今類に掛ける言葉は、これしか思いつかなかった。

「……駄目だよ……類。……何処にも……行かないで……」

-何処に?
そう問われても、やはり答えられるものではない。
類の身体に回した手に、力を込める。




「ま…きの……?」

突然のつくしの行動。
類の腰もとのあたりに回される、つくしの細い腕。
人工的な香水等ではない、つくし特有の甘い香り。

「……類が……消えてしまいそうで………」

つくしの声の方こそが消えてしまいそうな程の、小さな呟き。
その声はまるで、甘美な麻薬。
薄いシャツ越しに伝わる、つくしの体温。
かつて、一度だけ手にした至極のもの。

恐る恐る、目の前にあるつくしの髪に触れる。
艶やかな黒髪。
類の好んだ手触りは、昔と全く変わらない。


-本当に望んだのは、この温もりと共に歩む未来…!


類が目の前にある身体を引き寄せようとしたとき、バンケットルームの中から歓声が上がる。



途端に引き戻される現実。
類は断腸の思いで、力を入れた手を下ろす。
今はまだ…
だが最後に、手にしたつくしの髪の毛に、気付かれぬようキスを落とした。


「…ありがとう。牧野…」
「……花沢類……?」

つくしが類の身体に回した手を緩め、類の顔を見上げる。
真っ直ぐにつくしを見つめる類の、穏やかな笑顔。
顔色は相変わらず良いとは言えないが、先程の、消え入りそうな影は消えている。
つくしが、ほっと安堵の息を洩らす。

そんなつくしの様子に、僅かに微笑む。
そして名残惜しそうにつくしから身体を離すと、落ちたジャケットを拾い、それを羽織る。

「……そろそろ…戻らないと…。最後に挨拶があるから」
「あ……うん……」
頷き、後に続こうとしたつくしに、気付いたように声を掛ける。

「牧野、さっきの話」
「あ…誰にも…」

-誰にも言わない。でなければ忘れる。
そう言おうとしたつくしだが、類は真逆のことを述べる。

「覚えておいて。…もし、『何か』あったときの為に」
「え…?」
意図が判らず、つくしが首を傾げる。

「父にとって『祖父の出自』と『株式上場』の話は、触れられたくないタブーだ。
何かあったときには『使える』と思う」
「そんな…」
「対面を気にする人だからね」
「ま…まぁ、そうなの? かもしれないんだろうけど…。
でも、出自って言ったって…あの時代にはそういうの多かったみたいだし…
そりゃあ、全く…理解出来ないんだけどさ…。
それに失敗って言っても、結局は大丈夫だったんだよね?
私だって、裁判、失敗もするし、交渉が上手くいかないときもあるし…」

類の隣で、1人でブツブツ呟くつくしを見つめ、笑みが溢れる。
ああ言ったものの、つくしがそれを使うことはないというのは、類にも判っている。

『つくしが悟の後ろ暗い事を知っている』
そのことが、何よりの牽制になる。


「…行こう。先にあきら達と合流してれば?」
「うん。そうね」
類がテラスのドアを開け、つくしを中に招き入れる。

演奏の時落とされた照明は元に戻っており、中では再び歓談する者達があちこちに居る。
パーティも終盤の頃。
類の言葉通り、一部の客は既に立ち去っているようだが、遅れて来る者もいるようで、そう数が大きく減っている様子は無い。

広いバンケットルームを、眼を皿のようにして仲間の姿を探すと、人の多い一団の中心に、求める姿がある。

「あ…あそこだ…」
「ん…」
さらりとつくしをエスコートし、言われた方へ連れて行く。

「あ…いいよ。大丈夫」
「まだ挨拶まで時間あるから」
「……うん……」

素直に類のエスコートに従う。
ぽつぽつと会話をしながら歩いていると…


ざわざわ…
入り口の方から、何ともいえないどよめきが起こる。
一番奥に居る、類とつくしは気付かない。



ざわり…
どよめきはやがて、入り口から中央に向かって来る。


会場内の異変に、類もつくしも気付き、足を止める。
類の姿を見つけた社員が、慌てた形相で駆け寄ってくる。

「しゃ…社長…!」
「なに?」
途端に仕事モードに切り替わり尋ねる。

「そっそれが…予定外の来客がございまして…」
「予定外…?」
類が僅かに眉を顰める。

今回の社長就任パーティ、招待券を持たない者は、基本的に辞退して貰っている。
客の中には要人も多い。
警護の観点から、不審者を不用意に招き入れる真似はできない。
稀に、知人を連れて行きたいという者も居るが、その場合には事前に確認し、きちんと手続きを踏んでいる筈だ。
予定外はあり得ない。
大体が、パーティ終盤のこの時間に来る客など、普通はいない。

「誰?」
「それが…その……」


ざわめきが近付く。
周りに居た人だかりが、モーゼの十戒のワンシーンの如く割れる。
その中央を歩く男の姿を見たとき、つくしの息は止まるかと思った。


人目を惹く上背。
その上にある、端正な顔立ち。
つくしの隣に立つ男と並んでも、遜色ない威を放つ。
悠然とした足取りで2人の前まで来ると、その男は口を開く。


「…よう。類、久しぶりだな…」
「司…」
類の瞳にも、驚きの色が宿る。


「…道明寺…」
震える声でつくしが呟く。



実に10年ぶりの『再会』であった。


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