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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 60

第60話


「お前、明和製薬を買収するつもりなのか?」

単刀直入に告げる司の言葉に、類が僅かに眉を顰める。
それを別の意味に捉えた司が、言葉を続けた。

「別に…お前んとこの仕事内容に口出しするつもりはねぇよ。
花沢物産が明和製薬を買収するって言うんなら、協力してやっても良い」

司の言葉の意図は、類にも直ぐ理解出来た。

「…代わりに要求するのは、明和で出している薬の使用権?」
「まぁ…そんな処だ」

曖昧に返事をぼやかす事で、概ねそれを肯定する。
司の回答に、類は黙ったまま、テーブルの上に置かれたミネラル・ウォーターに手を伸ばす。

「…別に、不当な値段交渉をしようっていう訳じゃない。
類の処になるんなら、早めに交渉しておきたかっただけだ」
言って司もペットボトルのキャップを捻る。

司の言い分は類にもよく判る。
仮に自分が逆の立場だったら、全く同じ事を考えるだろう。
類は軽く水を口に含み喉を潤すと、口を開く。

「悪いけど…それ、見当違いだから」
「は…?」
今度は司の方が眉を顰める。

「今回の件、花沢物産は関係ない。俺個人の事だ」
「類? お前何言って…」「それに」
司が尋ねようとした言葉を遮る。

「明和を買収するつもりはない。
只、事実を認めて謝罪を要求しているだけだから」
「は…? 何言ってんだ? お前」
淡々と告げる類に、心底呆れたような声を上げる。

「製薬会社が謝罪…っていうのは一大事だって、お前が知らない訳ないだろ?」
「………そうだね………」

それは製薬会社だけに限らず、医療に関わる職業すべてに言える事。
一つの製薬のミスは、企業にとって命取り。
情報がネットひとつで容易に広がる昨今。
他の製品が幾ら良くても、ひとつマイナスがあるだけで大きな負債を抱え込む事になる。
余程のことがない限り、それを認め、かつ謝罪などするはずもない。

「司側の事情は知らない。
けどこの件、手を引くつもりはないから」
「馬鹿か!?」

類が明和製薬に求めた請求は、日本に来る時点で調べている。
その理由を司は当然のように、買収のための布石だと思っていた。

なのに、予想に反した類の答え。

医療に、ミスはあってはならない。
仮にあったとしても、それを早々に認め謝罪する。
それが傷口を最も少なくする唯一の方法。
なのに、今回の謝罪要求は、使用頻度が極端に少ないものとは言え、30年以上前から使用されている薬品。
長期間、隠していた。
その事実は企業にどれ程のダメージを与えるのか。
いち企業人であり経営者である類が知らない筈がない。


「そんな事をして何の意味がある!?
薬品効果については、患者に説明しているんだろ?
第一…」
「第一、使用する人数が少ないから…だからいい?
『企業』という大を生かすために『数が少ない難病患者』は、スケープゴート(贖罪の山羊)になればいい?」

類の口調は淡々としており、決して司を責めているものではない。
けれとそこに見えるのは怒り。
司や、当の製薬会社に対する物とも異なる
…まるで見えない敵に対するような怒り。

「司の言い分は判る。一応、俺だって経営者だからね」
「だったら…」
「この件は俺個人のことだって言った。
会社は関係ない。引くつもりはない」
先程と同じ言葉を繰り返す。


-降りないよ。私は。
真っ直ぐに向けられたつくしの瞳。
それが類を後押しする。


「………あの女のせいか…?」
「………は………?」
「さっきのパーティで類の隣に居た奴。
何処かで会ったかと思ったら…昔、俺にしつこく色々言ってきた女だろ?」

司の言葉に類の顔が僅かに曇る。

「やっぱりあいつ、類の女だったんだな。何吹き込まれた?」
「………………」
類が立ち上がり、司に背を向け窓際へと向かう。

「あの女、お前を利用しているだけだろ? 適当な処で手を切らねぇと…」
「………帰って………」
司に背を向けたまま、低い声で告げる。

「帰ってくれ。今の俺は…………手加減できない…」
「…何…言ってる…」
答える司の声に、驚きが含まれる。

「………俺とお前。本気でやりあったらどちらかが死ぬよ。
『撲殺』と『殺人犯』
どちらの醜聞も避けたいだろ?」

物騒な内容の割に、変わらず淡々と告げる類の言葉。
そこに含まれる怒りは、尚一層増す。
今度は司に向かって。
更には司をも飛び越えた何かに対して。

司の眉間の皺が深くなる。
類の言う事は、司にも判る。
『本気』でやり合ったら、冗談では済まされなくなる。

類とやりあったのは、二度。
そのうちの一度は、司が入院していた病院の屋上。
『あの女』の事で類が司に手を上げた。
その前にも…何処かであった気がする。
あの時は…一体何処で、何が原因だったのだろう…?
思い出そうとすると、そこから先が靄に包まれたようになる。

「………チッ………」

舌打ちし、司が立ち上がると、無言のまま出入り口へと向かう。
ドアを開けようとして、司が告げる。

「類。お前がそのつもりなら、こちらにも考えがある」

低く告げる声は、類同様、落ち着いていて怒りは見えない。
なのに、そこに含まれる冷たいものが、2人の間の亀裂を決定付ける。

そのまま類の返事を待たず、ドアを開ける。
類も振り返ることは無かった。


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