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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 62

第62話


足早にホテルの一室を出た司は、用意されている車に乗る。
自宅へ向かう旨を言われると、少し迷い、社の方へ行くよう告げる。
運転席との間の仕切りを上げ、完全に一人きりになると、車のシートに身を委ね目を閉じた。


-イライラする…

それが、先程の類の態度に大してなのか否か、司自身にもよく判らない。
決して穏やか、とは言えない自分の気質。
最近は『荒れる』というより『虚無』の方が合っている。

何をやっても、誰と居ても同じ。
心を動かされることなどない。

なのに何故、今こんなに苛ついているのだろう。
今日のパーティで、類の隣に立つ、あの女に会ったからか…?


類がフランスに居るときから幾度となく騒がれた、婚約の噂。
どれもこれも信憑性はなく、その後、花沢側から正式発表もない。
自分の妻にも興味がない司にとって、他人のはそれ以下。
だからパーティ会場で類の隣に立つ女性も、秘書か遠縁の親族か…もしかしたら婚約者か、と頭を掠めた程度。

それなのに、不意に向けた視線が外せない。

艶やかな黒髪。
驚愕の眼差しで自分を見つめる黒い瞳。
顔を見た瞬間に甦る。見覚えのある顔。


途端に、自分の中で『感情』が甦るのが判る。
心が動く。『苛立ち』という形で。


次の瞬間には類の、いつもの口調が飛び込んで来たため、その後、類の隣に立つ女に目を向ける事はない。
話すらしていない。
立ち去る間際、視線の端に映った、類のやや後ろに立つ女の姿。
まるで、類に守られているかのように。
その2人の姿を見ると、何故かこうも心が騒ぐのか。


「面白れぇ…」
知らず声に出して洩れた言葉。
司の眼が獲物を狙う猛禽類の如く揺らめく。
それまで虚空だったそれが嘘のように。


日本支社の巨大ビルの前に降り立った司に、西田の眉が僅かに動く。
パーティに出る前と後では明らかに異なっている司の眼。
以前…まだ日本に居て、楓に反抗していた頃のような…。

「西田」
そんな西田に、司の低い声が響く。

「例の件を進めろ。至急だ」
「…は…。ですがそれは社長の決裁が…」
「構わん。責任は俺が持つ」
「……畏まりました……」
西田が一礼する中、司が自室に入って行く。


嵐が来る。
漠然とした予感が駆け抜けていた。






パーティの1週間後、つくしは志朗と共に麻布の公証役場まで来ていた。
都道沿いの入り口で待つ事5分。
黒塗りの高級大型車が横に着く。
ドアが開けられ降り立ったのは、スーツに身を包んだ類。
秘書である田村はその場に待機したまま、一緒に来る気配はない。

「…遅れた…?」
「ううん。…少し早く来てたから」
「そ…」

それだけ答えると僅かに志朗に黙礼する。
志朗も軽く会釈をすると、建物の中に入って行く。



つくしが類から依頼を受けたもうひとつの仕事。
-公正証書遺言の書き換え。

あや乃が纏めた類の総資産に関する書類に目を通す。
不動産関連から類が個人的に負う負債は、サラリーマン生涯年収の約5倍。
そしてそれを遙かに凌駕する資産。
金銭、不動産、投資用の証券は勿論のこと、特に目を引くのは先日、悟から贈与を受けたという花沢物産の株式。
それまで所有のものと併せて、発行株式総数の2/3。

これらすべてを含めた純資産額は、つくしが今までに取り扱ったどの顧客よりも多い。
というより、それらの顧客すべての財産を足しても、類1人に足らないだろう。

つくしはそっとため息を付く。
今更ながら住む世界が違うことを、目の前に突きつけられた気分だ。
暫くそれを眺めていたが、気を取り直し類に連絡を入れる。
空いた時間に返ってきた類からの電話に、書類が出来たから送ると告げる。
が、類は、その場、口頭で純資産額を尋ねる。
あまりの無頓着さに驚くを通り越し、呆れていたつくしだが
言われた通りに答えると、類から返ってきた答えは単純だった。

『そ。じゃあ書き換えをするから公証役場の予約をして』
「予約…って、ちょっと。中身の確認は…?」
『概算額が判れば良い。内容は決まっている』

-決まっている。
その言葉に心の奥底で何かが痛む。

「判った…。証人は2人必要だけど、そっちで用意する?」
『牧野と、あと1人は牧野に任せる』

素っ気ない程簡単な類の言葉。
先程より強く痛みを感じるが、それを無視し、志朗が一緒に行く旨と、予定日を確認して電話を切った。

通話を終えた後に、再びのため息。

類の顧問弁護士であること、今回の依頼内容が遺言書の書き換えであることから、つくしが公正証書遺言の証人になることは予想出来た。

つくしが類の遺言作成に立ち合い、証人になる。
それは即ち、つくしが類の親族にはならない事を示す。(※)
判っていた事が今、こんなにも辛い。

職場に独り残る中、そっと顔を伏せるつくしの耳元に甦るのは、やはり類の言葉。

-顔を上げていろ。牧野

つくしに顔を伏せさせることをする、当の類が告げる言葉。
類は何て残酷なことを言うのだろう?
だが同時に、その言葉がつくしを支えてもいる。

類の依頼が終わったら、決着をつけよう。すべての事に。
その先、どうなるのかなんて、判らない。
けれどそれで、ようやっと自分は歩き出せる。
迷いの森を抜けて…
その時、隣に誰が居るのか、誰も居ないのか、今はまだ判らないけれど。

顔を上げるつくしに迷いは無かった。



公証役場の所定の部屋で、身元確認を行い、書類を取り出す。
公証人を前にし、類が口を開いた。

「遺言者は、遺言者の有する一切の財産を、特定非営利活動法人 難病認定支援機構に遺贈する」



※ 公正証書遺言に掛かる証人になれない人の規定は、下記の通り(民法第974条)
次に掲げる者は、遺言の証人又は立会人となることができない。
1.未成年者
2.推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族
3.公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人

通常の場合、推定相続人は、被相続人の配偶者及び直系卑属(子供)となるため、つくしが証人となる場合、配偶者になる人物、
及び遺贈により類から財産を受け取る事はない人物という事になる。


※ 特定非営利活動法人は架空のものとなります。ご了承下さい。


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