駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 63

第63話



類の口から出た、意外な内容。

「ちょ…ちょっと…何…」「…牧野先生」

何馬鹿な事を…、と言い掛けたつくしの言葉を、志朗が制する。
その声でつくしも自らの職務を思い出し、口を噤んだ。
一瞬、つくしの方を見た類だが、視線を戻すと先を続ける。

全財産をNPO法人に遺贈する旨。
その事で、相続人がもめる事のない事を願うことや、個人、会社に助力してくれた人への感謝の言葉。
遺言執行者(※)をつくしに指定すること。
財産の遺贈先以外は、至極基本的な内容。

その後、類が告げた内容が公正証書原本に記載される。
類、つくし、志朗が確認し、署名捺印する。
その後、遺言公正証書の正本と謄本(写し)を受け取り、費用を支払う。
正本を執行人のつくしが、写しを類が持つ。
そうやってすべての作業を終えると、公証役場を後にした。



「じゃあ、牧野先生。ここで」
「はい。行ってらっしゃい」

志朗はこのまま、近くの顧問先に向かうと言い、類に軽く会釈をすると、顧客の会社の方へ足を向ける。
残されたのは類とつくしの2人。

「…一体どういうつもり…? あの内容…」
「とりあえず乗れば? 事務所まで送って行く」
西田が車の横で一礼をしている姿が見える。

「え…いいよ!」
「言いたい事あるんでしょ。
ここで立ち話も何だし…悪いけど次のアポもあるから、時間が取れない」
「だったら…」

次の時でいい、と言い掛けるつくしを、半ば強引に押し込むと、車は静かに動き出した。
運転席とは仕切られているため、運転手や助手席に座る田村に会話は聞こえない。
車が走り出して暫くしてから、つくしが口を開く。

「さっきの…この遺言書の件だけど…本気なの」
「だから作ったんだけど?」
つくしの驚きに対し、類の方は何でも無いことのようにさらりと答える。

「だって…」
類がNPO法人に所有財産を遺贈するのは、それ程意外ではない。

最近は以前より難病認定が多くなり、患者の負担金は減った。
それでもまだ、認定を受けられない病気も多く、またその治療や新薬の開発には莫大な資金が生じる。
類が財産の遺贈先に指定したのは、それらの患者や家族の支援、認定や新薬の開発に働きかけるNPO法人。

これまでの態度から、類がゲオルグに対する好意や恩義を感じていることは判る。
その恩義に対するものから、幾分かの遺贈はあっても当然と言えるのだろう。

それでも資産全部とは行き過ぎだ。
類の資産がすべて現金、精々不動産であれば問題は無い。
だが、株式
-花沢物産の株式は、譲渡制限もあり、簡単に金銭化は出来ない。
かといって、NPO法人が花沢物産の筆頭株主になるのにも無理がある。
そんなつくしの考えを、先回りしたかのように類が答える。

「どうせ親が遺留分請求をしてくるだろ?」
「それは…そうだけど…」

現状で類に万一のとき、相続人となるのは両親である悟と望恵。
遺留分請求権により1/2は確保される。
類の財産の中で、花沢物産の株式の占める割合はそれ以下。
だから何の問題もない、と言外に告げる。
そのことはつくしにも判る。
判るのだが、類の口ぶりはまるで、この後相続人は両親のみ
-結婚することも、子供を持つ気もないとでも言いたげだ。


「それより、明和は何か言ってきた?」

この話はこれで終いだ、とでもいうように、類が話題を変える。
その問いにつくしは頭を振る。

明和製薬へ言い渡した回答期限は明日。
先日の話し合いのとき、明日打ち合わせの予約はしていたが、何かあればその前に連絡を貰えるよう、伝えてはある。
何も言ってこない、ということは、やはり難色を示したままなのか否か。
つくしにはまだ掴みきれない部分でもある。


一方の類も、司の行動を掴みかねていた。
司が、否、道明寺が欲しがっていたのは、明和製薬で作られた製薬の使用権。
新しく医療関係に携わるのかどうかは判らない。
が、わざわざ副社長である司自らが言ってきたことなら、それ相応の規模のものなのだろう。

司のこれまでの仕事ぶりから見て、類が引く気がないと判れば早々に対策を取る筈。
類似する他の企業に乗り換えるか、該当の製薬の権利そのものを丸ごと買い取るか。
それが1週間経過しても、その動きが見えない。


諦めたか…?
そう考えられる程、類は楽天的思考の持ち主でもなく、また司の仕事ぶりも性格も、ある程度は把握しているつもりだ。

何かがある。この先に何が…?
何とも言えない、嫌な胸騒ぎがする。


「花沢類…?」
黙り込み一点を見つめる類に、つくしがそっと声を掛ける。
一度軽く目を伏せると、つくしの方に向き直った。

「否、何でも無い。
それより本当にここまででいいの?」

窓の外の景色が、高層ビル群に変わってくる。
事務所まで送ると言っていた類だが、つくしが類の次の仕事も考え、花沢物産近くの東京駅までで良いと告げていた。

「うん。後は地下鉄で直ぐだし。
第一、うちの事務所前にこんな大きな車が居たら迷惑だよ」

天草法律事務所の入っているのは雑居ビル。
その前の道路は、決して狭いという程ではないが、この車が止まるには、やや違和感がある。

つくしのその口調に類が口元を緩ませていると、車は東京駅のロータリに止まった。
入り口近くに座っていた類が先に降りると、当然のようにつくしに手を差し出す。

-そんな事…しなくてもいいのに…。

類のその流れるような行動に違和感は全くないのだが、慣れていないつくしには少し気恥ずかしい。
その手を取ろうか一瞬悩み、おずおずと手を乗せる。
類は慣れた所作でつくしが立ち上がるのをエスコートした。

「…送ってくれてありがとう」
「…否…」

名残惜しそうに類がつくしの手をそっと離すとつくしが礼を述べる。

「…じゃあ…明日、終わったら連絡する」
「ん…」

言ってつくしが地下鉄の入り口に向かおうとしたとき、広場から「号外です~!」の声が轟く。
近くの新聞社が出したらしい号外に、周りに居た人々が群がる。

類とつくしが何事か…? と目を向けたとき、通行人が手にした号外の見出しが飛び込んで来た。


『道明寺ホールディングス 明和製薬を買収』



※遺言執行者
遺言の内容を実現する人物。
遺言内容で相続人がもめている場合でも遺言執行者の権限で、遺言書通りの財産相続、遺贈の手続きが出来る。

尚、遺言書と相続につきましては、『駄文置き場のブログ』の 『「この森」の裏っ側』 をご参考下さい。


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