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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 65

第65話


つくしが部屋に入った途端、向けられる司からの強い視線。
身体が強ばるのを何とか押さえ、口を開こうとしたとき、先に司の方が言葉を発した。
つくしではなく、もう1人ここに居る男に向けて。

「外せ」
「ですが…道明寺副社長…この件は…」

明らかに困惑する明和製薬社長。
態度から、つくしが誰の、何の依頼で来ているのかは知っているのだろう。
どういう形であれ、彼はまだ社長。
その社長に、社の行方が大きく転換する話し合いを外せと言われ、反論しない筈も無い。

だが司はその社長を一瞥しただけ。
同じ言葉は二度と言わない。
それで充分だった。

ドア近くに控えていた西田が促し、社長が部屋を後にする。
入れ替わるように入ってきた女性
-恐らくは秘書が、つくしの分の珈琲を置くと、ドアが閉じられる。

部屋の中には司とつくし、2人きり。
気まずい、等という優しい言葉では済まされない雰囲気。

「お前、類の代理人なんだってな」
沈黙を打ち破ったのは、司の低い声。

「どうやって類をたらし込んだのか…」「道明寺副社長」
司の言葉をつくしが遮る。

「貴方が後任の方ですか?」
「……は……?」
「私は、花沢氏の依頼でここに来ております。
既に御社にご依頼している件、担当が貴方でないというなら、後任の…話の判る方を出して下さい」
「何…?」

司の眼が尚一層きつくなる。それでもつくしは怯まない。
つくしの口調は表面上こそ穏やかだが、内容は司に喧嘩を吹っ掛けているとしか思えないもの。
我ながら危険な賭だと心の端で思うが、これがつくしなりの交渉手段。
たとえそのことによって、暴力
-或いは強姦されたとしても。

そう考える反面、司が今ここで暴挙に出ることはない、と思う自分も居る。
今のつくしは弁護士だ。暴力行為を黙って泣き寝入りなどしない。
経営者である司が、そんなリスクの高い暴挙に出るとは考えられない。
ならば司を相手に、余計な小細工や言い訳など不要。


一方の司は、つくしの態度に眉間の皺を深くする。

自分の周りには、顔色を伺う奴ばかりだった。
家族以外でそれがないのは、司と共にF4と呼ばれた類、総二郎、あきら。
それにタマくらいだろう。
だからこそ、そういった態度を取る輩に辟易していたのだから。

なのに今、目の前に居る女は何なのだろう?
交渉をする相手会社トップより、更に上に居る司。
その司に向かって、言外に『貴方では話にならない』と宣う。


-イライラする。なのに…面白れぇ…
相反する二つの感情。
先日、類との会話の時に感じた以上に思うそれ。
自らの中で『何か』が昂揚してくるのが判る。


「明和で扱っている薬品について、謝罪と、販売差し止めだって?」
不意に司の口から出た、類の依頼内容。
つくしが一呼吸置く。

「そうです。その理由は既にお伝えしたとおり。
御社にすべての責任を負わせるものではございません。
現に今、こちらにはリートミュラー氏の…」
「そんなのを信じろって?」
呆れたとでも言いたげな口調で、司が言葉を被せる。

「そんな事を言い出す類もどうかと思うが、お前も弁護士なら判るだろ?
そんな甘っちょろい事で企業が成り立つかよ」

司が真っ直ぐにつくしを見据える。
苛立ちと、虚無と、昂揚と…すべてが入り交じったような眼。


以前、こんな司の眼を見た事がある。
昔、ずっと前、まだつくしが英徳で、息を潜めていた頃の司の眼だ。
猛禽類を連想させるその眼を見つめていると、不意につくしに、同情とも憐憫とも言える感情が浮かぶ。


-あんたも、私と一緒だったんだ。道明寺。
10年前から、あんたも私も森を彷徨ったまま。
疲れ、倒れ込み眠って目覚めても、まだ出口の光は見えない。
そしてもう1人。ここには居ない『彼』もまた同じ。

あの時、何がいけなかったのだろう?
司の記憶が戻るまで、自分が頑張れば良かったのだろうか?
幾ら自問しても答えは出ない。時は遡れない。
ならば進むしかないのだ。森の出口に向かって。


「そうかもしれませんね…」
つくしが僅かに眼を伏せる。

「それでも…信じて下さいとしか、申し上げられません」

-お願いだよ…道明寺…。

弁護士として説得の言葉を紡ぎながらも、心では別の言葉で訴える。



「代わる新薬については、然るべく対応するようこちらも万全の体勢を整えております」

-もうここで終わりにしよう。彷徨うのは。


「責められるべきは御社単体ではなく、医療業界全体なのだと。
そのためにも、その先導であった御社自ら改めるよう、ご英断頂きたいのです」

-お願いだよ。もう、私を思い出してくれとは言わないから…!
言わないから…森の外に出よう…?
道明寺、あんたも、私も…そして花沢類も。




-泣いている…?
つくしの言葉を聞きながら、何故かそう司は感じた。
目の前のつくしの表情は、最初交渉の言葉を紡いだときと変わってはいない。
司を説得しようという口調は淡々としており、只聞いていると事務的。
秘書が毎日の予定を告げるのと、何ら変わりは無い。

なのに、感じるのは涙。
実際には泣いてなどいないのに。

見えない傷を隠し、必死で泣かないようにしている姿が、それでも堪え切れず不意に溢れる一筋の涙が、つくしの頬に見える。
真っ直ぐに上体を起こし、司を見据える眼が、手が、司に向かって差し出されているように見える。
『あんたは何時までそこに居るの。早くここを出よう』
そう言うかの如く、差し出された小さな手が見える。

『泣くな』と言いたくなる。
目の前の女と会ったのは数度で、女の泣き顔などどうでもいいことなのに、つくしの泣き顔は見たくない。
泣くなと言って、差し出された手を取りたい。




そう思い行動に起こそうとした瞬間、現実が司の目の前に広がる。
つくしは黙って、司の回答を待つ姿勢。
無論、泣いてなどおらず、司に手も差し出してなどいない。

-……白昼夢でも見たというのか……?
自虐的な笑みが浮かぶ。
一体、何を血迷ったというのだろう。


「所詮、言ってるのは絵空事だ。到底、承知出来るものでは無いな」
淡々とした司の、拒絶の言葉。



つくしは、差し出した手が大きく弾かれる音を聞いた気がした。


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