駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 66

第66話



明和製薬ビルを出たつくしは、一度だけ振り返り上を見上げる。
ビルの最上階-つい先程迄居た部屋の辺りに目を向けると丁度逆光になり、手で目を覆った。

眩しさに目を細めた先に見えるビルが逆光の影になり、まるでそこが深い森の中に思える。
その中に佇む司。

つくしは軽く頭を振るとその場を後にする。
忘れてはいけない。
決めたのだから。何があろうと前を向き進もうと。

気を取り直し、スマートフォンを取り出す。
待っていたのか、偶々空き時間だったのか、相手-類は直ぐに出た。
つくしが簡単に今回の内容を伝える。


『…そう…』

類の声は、特に驚いた感じはない。
ある程度は予想していたのだろうか。

「それで…これからだけど…」
『最初の予定通り、民事訴訟の手続きに入って』
「…いいの…?」
『………ああ…』
一瞬、躊躇いの色が見えたが、類の肯定の意思は変わらない。


裁判になれば、原告側が不利なことは間違いない。
民事訴訟における請求権は最大で20年。
明和製薬が所有する薬品権利が、リートミュラーにあるという主張はできない
あとは、薬品効力に関する虚偽の表示に関するものと、その謝罪要求。
これは長年のデータの末に構築されたものに基づき判定されたもののため、時効に関しては問題ない。
が、言い分が何処まで通るか、正直微妙な処だ。
それでも、類は手続きを進めるという。


『裁判で勝つ事が目的じゃ無い』
「え?」
つくしの心境を察したかのように、類が告げる。

『明和が謝罪をすれば、現在使われている薬品に関心が高まる。
そうなれば、ゲオルグが作った新薬に認可が下りる可能性が高い』
「それは…そうだけど…でも…」

-そうなると、類の立場は?
今度は別の疑問が浮かんでくる。

類は先日、社長に就任したばかり。
更には大型プロジェクト施行直前。裁判となれば嫌でも目立つ。
そこで敗訴となれば、類自身が悪い訳ではないのに、世間はいい印象を持たない。

『牧野は心配? 敗訴すると客が減る?』
「そっ…そんな…!
敗訴するときだって、当たり前にあるんだからさ…!」

少し砕けた口調の類に、慌ててそう告げる。
つくしの言葉に、類のフ…と笑う声が届く。

『こっちの心配はない。だから、牧野は自分の仕事を進めて』
落ち着いた類の声。
それを聞くと、不思議と不安が消えてくる。
類が心配ないと言うなら、今はそれを信じよう。

「判った。これから行ってくる。…終わったら連絡するから」
つくしの言葉を聞いた類が、この後移動で、明日まで連絡が取れなくなるという。
完了したらメールをする旨を告げ、電話を切った。

賽は投げられた。
その行き着く先に何があるのか、今はまだ判らないけれど。





つくしの出て行った部屋に一人、残された司。
まるで虚空の中に佇んでいるかに思えてくる。

あのまま、帰すべきではなかったのか?
あの手を、取るべきではなかったのか?

これまでどんな失敗をしたとしても、後悔をしたことのない司が、そんな疑問に苛まれる。

司の拒絶の言葉を聞いたつくしの表情が一瞬崩れる。
何とも言えない哀しみを湛えた黒い瞳。
司の胸の奥の方で、何かがちくりと痛んだのも束の間のこと。
つくしは直ぐ元の弁護士の顔に戻り、「ご理解頂けず残念です」と告げ、立ち上がる。

出て行く、つくしの小さな後ろ姿。
一つに纏められた、艶やか黒髪が嫌に目を引く。


帰してはいけなかった。
手を取るべきだった。
つくしの背中を見た時、最後の何かが消えた。
そんな錯覚も束の間、ノック音と共に西田が現れ、次の予定を告げる。

「西田」
いつも以上に低く響く司の声。

「実行に移す」
それだけ告げると歩き出す。

「で…ですが…副社長…!」
「手袋を投げたら相手は拾った。只、それだけの事だ」

無表情なままそう告げる司に、西田が複雑な表情を向けた。








夢の中でつくしは追い掛ける。
これは夢で、現実ではないと判っているのに。
幾ら探しても探しても、求める人は見付からない。
手を伸ばす先に、直ぐ近くにいるというのに…
疲れ、倒れ込み、動けなくなった処で声がする。

-こっちだ…

誰かがつくしの右手を掴む。
深い森の中、つくしの手を引く誰か。
ずっと求めていた『あの人』
手を引かれたまま歩いていると、見えてくる光。

-あそこが出口だ。
少し前を歩くその人が振り返る。
出口の光に反射して、顔が見えない。

-貴方は…誰?
そう尋ねようとした処で目が覚めた。



目に飛び込んできたのは、見慣れた天井の模様。
それでも一瞬何処にいるのか判らず、目を擦る。
あの夢だというのに、涙はなかった。
それは何時もと少し異なっていたからだろうか。
右手をまじまじと見つめる。
あの夢の中で繋いだ手。
勿論夢だから感触などない。
ない…筈なのだか…

「妙にリアルだったな…?」
ぱたんと手を落とし、ベッドの上で大の字になる。
ぐっすり眠ったのか、夢をみた割に頭は驚く程クリアになっている。

「…起きなきゃ………今何時…?」
手を枕の上に伸ばし時計を見たつくしは、途端に現実に戻される。

「う…ひゃーーー!!! 遅刻だぁーーー!!!」



跳ね起き、顔を洗い、5分で身支度を調える。
普段殆どしない化粧は、いつも以上に申し訳程度に粉を叩くだけ。
最低限、見苦しくない格好になった処で、慌てて外に飛び出した。


地下鉄に飛び乗ると、何時も乗る電車より数本後。
定時ギリギリに間に合うか? という処だ。
基本定時9時の事務所だが、つくしは一応『先生』であり、タイムカードがある訳ではないので、然程五月蠅くは無い。
だがつくしはけじめとして、直行以外は定時前に事務所に着くようにしている。
最寄り駅を降り、事務所の入っている雑居ビルへと急ぐと、何やら前方に人だかりが出来ていた。

-何かの撮影かな…?
つくしはあまり見掛けたことは無いが、美和は先日、ドラマの撮影現場を見たと言っていた。
少し気にはなるものの、それよりこの人だかりを抜けないとビルに辿り着けない方が問題だ。

「すみません…通して…」
声を掛け通り抜けようとするつくしに、群れの一人が気付く。

「ああ…すみません…って、貴女、牧野先生!?」
「は…?」

つくしがきょとんとする間も無く、人だかりの群れが一斉につくしを見る。
と、同時に向けられるカメラとマイク。

「牧野先生ですよね。花沢類さんの顧問の」
「今回の件、どういった経緯でこうなったのでしょう?」
「今後の動向について一言お願い致します」
「あ…あの………?」

矢継ぎ早に尋ねられる質問に、思わず口籠もる。
確かに昨日、訴訟の手続きは行ったが、それ自体が問題がある訳では無い。
後ろに道明寺グループが控えているという点では問題があるのだろうが
それにしても、情報が早すぎる。
訳も判らず辺りを見回すつくしに、一人のレポーターらしき者が質問をぶつける。

「昨日、道明寺氏が花沢氏を名誉毀損で訴えた件。
それについて花沢氏は何と仰っているのでしょうか?」
「………え………?」

突然のことにつくしは、手にした鞄を落としそうになった。



※請求権の時効は債権が10年
債権、所有権以外の財産権20年。
(医療過誤等、一部については3年)
但し、民事裁判の申立そのものに時効はない。


関連記事
スポンサーサイト

*    *    *

Information

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする