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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 67

第67話


束になって押し迫って来る報道陣。
向けられるマイクとカメラ。

-ああ、何で寝坊した今日に限ってこんな事に…?
まともにメイクしていないのに…。まぁ、普段もそう変わらないか…。

そんな事を考えている場合ではないのに、真っ先にに浮かんだのは、それ。
人間、頭が麻痺すると、しょうもない事を考えるものだ…と思う。
そう考えられるのだから、何処か冷静な部分もあるのだろうか?

「牧野先生!!」

報道陣を前に呆然とするつくしを、後ろから貴子が引っ張り中に連れ込む。
入れ替わるように志朗が雑居ビルの前に現れる。
向けられるマイクやカメラに悠然と微笑むと口を開いた。

「クライアントに関する事は守秘義務によりお答え出来ません。
それと…」
志朗が一呼吸置く。

「肖像権に関しては過去、様々な法廷で争われましたね。
報道の自由は日本国憲法第21条で規定されており、それは私も認めるべきだと思いますが、行き過ぎた報道は如何なものかと。
何なら皆さんと私で、曖昧になっている肖像権と人権侵害の論争について実体験してみましょうか?
それも中々、面白いかもしれませんね」

立て板に水の如く、すらすらと言葉が流れ出る。
淡々と告げると、カメラを向ける報道陣に向けてにこり。
穏やかな雰囲気と口調とは真逆の、好戦的な内容。
志朗の表情は、決して表面的なものだけではない。
本物の笑顔。だからこそ感じる、底知れぬ恐ろしさ。
それを目の当たりにし、その場が波を打ったように静かになる。

「……静かになりましたね。では皆様、どうぞお引き取り下さい。
朝早くからご苦労様でした」

軽く一礼すると、志朗は雑居ビルの中に姿を消した。




「大丈夫だった? つくしちゃん」

事務所内に入ると貴子が声を掛ける。
美和も香取も既に来ており、ブラインド越しに、眼下に群がる報道陣と志朗のやり取りを眺めている。

「え…あ、はい。すみません。貴子先生。でも…一体何で…?」
「え? つくしちゃん、テレビ見てないの!?」
「あ…はい。実は…今朝、寝坊しちゃって…」

バツが悪そうに言うつくしを、貴子が再び引っ張り応接室へ連れて行く。
部屋の中にあるテレビを付けると、丁度、朝のニュース番組からライトな情報番組に切り替わる時間。
番組の中では解説者がフリップを指差し、『道明寺』が『花沢』を訴えたことを説明している。

「正式には明和製薬が花沢社長を訴えているんだけどね。
マスコミに向けた発表の中に、道明寺副社長の名が連名で書かれていたの。
こうなることを狙っていたんでしょうけどね…」
貴子が軽く額の辺りを押さえながら言う。

「そんな…」
「只判らないのは、何でうちまで表に出ているのかしらね…?」
貴子が首をひねる。

「花沢さんの顧問をしているから、押しかけて来るのは判るんだけど…
何処からそれが洩れたか? なのよ」

天草法律事務所には紹介用のホームページは一応あるが、顧問先に何処があるかなどは、勿論記載していない。
更には先程の報道陣。
つくしの顔を見て『牧野先生』と言っていた。
ホームページに顔写真を載せているのは代表者の志朗のみ。
つくしも貴子も名前だけの記載だ。
考えられる可能性はひとつ。
誰かからのリーク。恐らくは道明寺側
-つまりは司から。


これが司の答え。
どうやっても対立は避けられない。
ならばこちらは、当初の目的を果たすだけ。


「…やっと居なくなりましたね…」
首をコキコキ回しながら、志朗が事務所内に入ってくる。

「シロ先生。この度はご迷惑をお掛け致しました」
つくしが掛けより頭を下げるのを、志朗が出て制する。

「牧野先生。花沢さんはこの事務所の顧問先ですよ。
それに…たまにはいいんじゃないですか?」
「は…?」
志朗から出た意外な言葉に首を傾げる。

「弁護士を長年やっていても、ドラマのような刑事事件を取り扱うのはごく稀。
こんな機会、そうそうあるものではないですから、いい経験になるでしょう。
マスコミが五月蠅いのは辟易しますが…
まぁこれ以上、つきまとう事は無いと思いますよ」

穏やかな笑みをつくしに向けると、美和に向かって
「珈琲落ちてますか? 喉が渇いて…」と声を掛けキッチンへと向かう。
美和が慌てて後を追うのを眺めていると、後ろから貴子がぽんとつくしの肩をポンと叩く。

「のほほんそうに見えてシロ先生、それなりの『経験』積んでるから。
つくしちゃんが心配することないのよ」
「貴子先生…」

態度には微塵も見せない真の強さに、つくしは只頭を下げるばかりだった。







テレビ画面は、花沢物産本社前と世田谷の類の自宅を映している。
無論、どちらにも類の姿は無い。
札幌空港に設置されていたテレビ画面に、見慣れた建物が映る。
それを横目で見ながら足早に通り過ぎようとしたとき画面が変わり、映し出される雑居ビルと黒髪の女性。
類の足が一瞬止まる。

「……社長……」

促され、止まっていた類の足が機内へと向かう。
普段乗り慣れぬLCC航空のエコノミークラス。
窮屈そうに長い足を納めると、窓側に顔を向け寄り掛かるようにして目を閉じた。


類が明和製薬に対し訴訟の手続きを取った昨日。
明和製薬側から類に対し名誉毀損の手続きが取られたのを類が知ったのは、昨晩遅く。
報道規制は敢えてしなかった。

明和製薬-司側からの訴えは、ある程度想定内。
騒がれればいい。
そうなればこの裁判を起こした真の意味がある。

とはいえ、今日ばかりは『余計なお客さん』を引き連れて歩くわけにはいかない事情があった。
今日午後からの予定は、磯間工業との打ち合わせ。
磯間工業は、今回の海底資源開発に関する最重要技術提供先である。
相手の機嫌を損ねるわけには行かない。

予定していたフライトをキャンセルし、空港も羽田から成田へ。
予約が取れ、かつ打ち合わせに間に合わせる便がこれしかなかったため、類も特に何も言わずに予約表を受け取っていた。

予想通り、成田空港の国内線ターミナルに余計な報道陣は居ない。
用意された車に乗ると、田村に向かい口を開く。

「…天草法律事務所に対する報道規制を掛けて」

司側もリークしただけで、煽る真似はしていないようだ。
成田に着く頃には、ニュースにはなっているものの、画面に画像は表示はされていないようである。
更に類が規制を掛ければ、つくしに直接被害が及ぶ事もない。

「畏まりました。……あの…社長」
「…なに?」
言いにくそうにする田村の先を促す。

「此度の一件…詳細をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「…社には関係ない。社長の私的な事。
それで通しておいてくれればいい」
「ですが…!」
「本当に知らなければ、それで通る」

それ以上何も言わず、黙ったまま目を閉じた。


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