駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 68

第68話



類を乗せた車は、予定通りの時刻に磯間工業に辿り着く。
『花沢』という名前に、受付嬢は多少驚いた様子を見せるものの、直ぐに中に通された。


社長室に入ると、社長である藤沢が駆け付け、打ち合わせが始まる。
経営的なこともあったが、大半は技術的なものが多かった。

磯間工業は創業者の一人の遺言
『社長は技術者出身であるべき』を掲げているため、類の目の前に居る社長、藤沢もまた優秀なエンジニアである。
今回磯間工業の協力を得られたのも、類が多少なりとも技術方面に明るかったことが大きい。

小一時間程で話が一段落し、新しい珈琲が運ばれると
「そういえば…」と藤沢が声を掛けてきた。

「今朝のニュース、拝見しましたが、中々大変そうですね。
色々、引き連れて来るかと思いましたが…」
面白そうに語る口調はその言葉通りで、そこに悪意は見えない。

「…それでも良かったのですけどね」
言外に『やかましいのが居るのは面倒』と告げる類に、二回り近く年上の藤沢も「判りますよ」と答える。

「ですが…花沢社長。貴方は強力な『ニケ』をお持ちのようだ」
「ニケ…?」

藤沢が言う単語の意味が咄嗟に理解出来ず、思わず首を傾げる。
そんな様子の類に、藤沢は尚も言葉を続けた。

「実は弊社内部でも、今回の件、見送るべきだという意見が出ましてね…」
ざっくばらんに当事者に告げるということは、それはないという事なのだろう。

何処にでも保守的な考えの持ち主は居り、それ自体が悪い事では無い。
スキャンダルのある会社
-正確には社長が居る会社との取引を倦厭したがるのは、類もいち経営者として理解出来る。

「ですが…今朝一番、弊社の重要取引先からご連絡がありまして…」

そこは磯間工業の下請である町工場で、磯間工業で造る製品には欠かせない部品の供給を受けているという。
社長は昔気質の職人で、契約を取り付けるのにも苦労したが、その技術は他の追随を許さないもの。
現在で他の代用は考えられない。
そこの社長が、今度の花沢物産との取引を止めるなら、磯間工業との一切の取引を止めると言いだしたというのだ。

「何でも『俺は道明寺も花沢ってのもいけ好かないけどよ。
俺は、シロ先生とつくしちゃん先生が味方に付いている方を応援するからな』
だそうですよ」

その時の様子を思い出したのか、可笑しそうに笑う藤沢に、類はしばし呆気に取られる。

「…という訳ですから、弊社としてはこれまでと変わりなく御社とお付き合いさせて頂く所存です」

藤沢の告げる内容は多少、誇張はあるかと思う。
いくら何でも日本有数の大企業が、そんな身贔屓で
仕事方針を決めたり変えたりはしない。
だが…


ニケ-勝利の女神
軍神アテナの右手に乗った、有翼の女性像。
翼を広げ人々を勝利へ導くその姿が、顔を上げるつくしの姿と重なる。
類にとってつくしこそが勝利の女神という藤沢の例え話が、類の中でぴたりとイメージに重なった。


類の口元が僅かに緩む。
滅多に見せないその表情に、藤沢が意外そうに目を見張る中、類が軽く会釈をした。

「ありがとうございます。藤沢社長。
大切にしますよ。『勝利の女神』が繋ぎ止めてくれた縁も、…その『勝利の女神』自身も…」






悠然とした足取りで磯間工業を後にし、車に乗り込む。

「社長。この後社内で会議の予定ですが…」
告げる田村の口調から、未だ本社前にマスコミが居るのだろう。

「…いいよ。このまま行ってくれ。
見世物パンダは、精々それらしく振る舞った方が効果的だろ?」

自虐的とも思える類の口調に、唖然とするものの、類の表情は自虐的とは程遠い。
助手席に居た田村は一礼し、本社ビルに向かうよう告げる。


車内が静かになった処で、類は窓の外に顔を向ける。
流れるコンクリート・ジャングルの群れ。
それが森の中のように見える。
長い間彷徨っていた深い深い森。
これに片が付けば、ようやっと出て行ける。
あとは…

「……時間の……問題か……」

類の呟きは小さく、前に座る田村達は気付かない。
そっと左胸に手を当てる。
恐れるものは、もう何も無かった。







午前中はマスコミを始めとする電話が鳴り響いていた事務所内だが、午後になるとそれが段々と減ってきた。
解散した報道陣の姿も消えている。
志朗の脅しが効いたのか、何からの圧力があったのか。
そのどちらも正しいのか違うのかは判らない。
ともあれ、余計な雑務から解放されたのは有り難かった。
予定通り仕事をこなしていると、時刻は既に16時を回っている。
後は法令を確認して…と、頭の中で算段していると、電話が鳴る。
美和が対応をしていたが、段々怪訝そうな顔になり、「お待ち下さい」と保留にする。

「牧野先生。あの…お電話なのですが…」
「はい? 何方からですか?」
「それがその…花沢さんのご親戚の方だと仰っているんですけど…
マスコミ関係が、そう言っているんでしょうかね…?」

類の親戚と言って思いつくのは、父親である悟。
昔も今も変わらず、つくしに冷たい視線を向けていたその人が、電話を態々かけてくるとも思えない。
が、今回の一件もある。

「美和さん。それ、男性かな?」
「いいえ、女性でした。なんか電話慣れしているというか…。
だからマスコミかな…? って思うんですけど…」
居ないと言って断ろうとする美和を制し、受話器を取る。

「お電話替わりました。牧野です」
『牧野先生ですね。突然申し訳ございません』
受話器口から聞こえるのは、初めて聴く声。

『私、花沢の親戚で、鷹栖久子と申します。
少々お話ししたい件がございます。お時間を頂戴できますか?』


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