駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 70

第70話



「…何のことを言っている…」
「俺から離そうとして使ったもの。最初は金ですか?
…牧野の性格なら受け取らない…。
否、受け取って叩き返したか…?」
「…………」

その様子が容易に浮かんだのか。
類の口の端が僅かに上がるのに対し、悟は尚一層、眉を顰める。

「金で駄目なら外からの圧力…。大方、そんな処ですか…。
所詮、道明寺楓の二番煎じですね」
声を荒げるでない類の言葉は、声色以上に辛辣だ。

「そうやって貴方が切り捨てようとしたもの。
それらによって今、こうして生かされている。
貴方はそれを知っておくべきだ」

つくしだけではない。
マチベンと呼ばれる天草事務所。
悟なら相手にもしなかったであろう町工場の社長。
悟自身が取るに足らないと蔑む多くの人々。
それらひとつひとつの積み重ねにより、今の花沢物産が成り立っている。
ピラミッドの頂点が崩れても、頭をすげ替えれば良い。
けれど土台が崩れれば、すべて最初からやり直し。
そのことを覚えておかなければならない。上に立つ者はすべて。


それだけ告げると、そのまま出口に足を向ける。

「何処へ行く。まだ話は終わっていない…!」
「プロジェクトに影響ないと申し上げた筈です。
今回の件は私用。裁判は牧野に任せます。
…いい加減、干渉するのは止めて頂きたい」

告げる類の口調は最初から変わらず淡々としたまま。
なのにそこには確かな決意が見える。
自分の中にあった父に対する畏怖も憎悪も、僅かにあった憐憫に似た感情すらも、もうない。

悟の次の言葉を待たず、部屋を後にした。







「和解…ですか?」
首を傾げつつ尋ねるつくしに、久子は「はい」と頷く。

「…それは勿論。こちらと致しましても最大限に努力致します。
ですが…先方様の方も別の見解ですので、双方の意見が何処まで…」
「そういう事ではなく、とにかく早く決着をつけて頂きたいのです」
久子の真意が掴めず、一般的な回答を述べるつくしの言葉を遮る。

「単刀直入に申し上げます。和解…こちらが折れても構いません。
それが…類さんの意志に反することだとしても」
「それは…」
「弁護士として、依頼主の意向に合わないことは出来ない。
そう仰りたいのは判ります。
不都合があるのでしたら、私が新たな『依頼主』となりますので」

あまりの内容に二の句が継げない。
『依頼主の意図にそった弁護を』と言われ続けてきたつくしにとって、その意思を無視することなど、あってはならないのだから。

「ご存じかもしれませんが…」
前置きをしつつ続ける。

「花沢の叔父より、類さんの伴侶に、という話が出ております。
私はこれを受けるつもりですのよ」

久子から出る言葉は、ある程度予想はしていたものの、改めて聞かされると胸の奥に鈍い痛みが走る。

「ですが、類さん自身はどうでもいいんです。
私が欲しいのは『花沢』というステータス。それだけです」
「…………え…………?」
またも出る意外な言葉に唖然とする。

「……それ程意外ですか?
先生ならお判り頂けるかと思いましたのに…?」
「それ…どういう意味です?」
「言葉通りです。『弁護士』という仕事は男性社会。
先生も『女性』でご苦労なさったのではありませんか?」

久子が運ばれた茶に手を伸ばす。
優雅な仕草でそれを口に運び、一口飲むとテーブルに戻した。

「それは…全くない、とは言えませんが、それ程でも…」

確かに男性社会である事は否めない。
けれど近年、女性比率は増加傾向にあり、つくし自身、男女間の差別はそれ程感じてはいない。

「そうですか…」
久子が軽くため息をつく。

「…あの…鷹栖さんのご職業も…外資ですし…。
男女均等雇用は、国内企業より進んでいるかと思いますけれど…?」
「表向きは…そうですね」

久子が嘲笑するような笑みを浮かべる。
自らが属す企業に対してと言うより、自身に対するその笑み。

外資系企業で、女性役員や管理職を募集している、と謳っていても、実際、女性役員は居ない。精々チーフ止まり。
実力も、実績も決して劣っているとは思えない後輩男性社員に追い抜かれたのも、一度や二度では無いという。

「そんな中で頑張る事に疲れたのかもしれませんね…」
ぽつりと呟く。

「叔父の提案する話が、酷く魅力的に聞こえたのは。
以前から…父が義母と再婚した頃から、父も半分その気になっていたようですし」

自分のことを言っているというのに、久子の口ぶりは何処か素っ気ない。
それは昔、司や総二郎達が、自らの将来にレールを引かれていると語っていた姿に似ていた。

「ですから、類さんがどう思おうと関係ないんです」
「あの…花沢…類…さんのこと…好きではないんですか…?」
「嫌い…ではありません」

つくしの問いに答える久子の言葉は、合っているようで、何処か論点がずれている。
つくしも、答えた久子自身もそのことに気付いたのか、再び自虐的な笑みを浮かべた。

「あの容姿を素敵だとは思います。けれど…それだけ。
………私にだって思う方くらい居りますわ。
けれど、それだけで済まされないのが『あの』世界です」

何処か諦めを含んだ久子の口調。
それはある意味、正しいのかもしれない。
類達が身を置く世界では、至極当然のことなのかもしれない。
けれど…


-………歪んでる……家も、親も、俺も、……何もかも……
そう告げた類の、苦しげな横顔。



「………駄目………」
「…え…?」
「…そんなの…駄目です…」

世の中、恋愛感情だけがすべてでは無い。
見合いのように、婚姻後に浮かぶ愛情の形もあるのだから。
お互いに歩み寄ろうとするのならば、それはそれでいい。
けれど、今の久子の気持ちでは駄目だ。

「…打算で…自らの一生を決めてしまっては駄目です…。きっと…後悔する。
…他の誰でも無い…貴女自身が…」

それは久子に言っているようで、つくし自身に向けた言葉。
司と類、二度も逃げたことによって、深い森を彷徨ったままだったのだから。

「…鷹栖さん。このお話はお受け出来ません。私の依頼人は、花沢類です。
彼の意思に反することをするつもりはございません」

背筋を伸ばし、顔を上げそう答えるつくしを、まじまじと見つめる。

「……そうですか……」
僅かに目を伏せると、テーブルに置かれた伝票を手に立ち上がる。

「あ…それ…」
「…ご心配なく。利益供与だと言って脅すつもりはございませんから。
ですから先生も、今日の事はご内密に…」
振り返らずそう告げ、足早に出口へ向かう。


「……貴女の…その強さが羨ましい……」

ぽつりと呟かれた久子の言葉は、誰の耳にも届く事は無かった。


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