駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 72

第72話



「滋さん…? 何言って…?」「だって…!!」
つくしの声を遮るように滋が叫ぶ。

「…あのとき…島に行かなければ……」

その先を言おうとして言葉が止まる。
滋の大きな瞳から涙が落ちそうになる。
それをぎゅっと手を握り堪えているのが、つくしにも判った。


-本当に泣きたいのは、つくしの方。
だから私は泣いてはいけない。
先に泣かれると、泣けなくなるから。

そう思っていたというのに、つくしの顔を見た途端、箍が外れ泣きじゃくった滋。
そうならないようにと、大きく息をつき、再び口を開く。

「ごめんね。つくし。謝って済む事じゃないのは判ってる。
でも…私のエゴのせいで、こんなことになってごめん…」

つくしの方を向き姿勢を正してから頭を下げる。
滋からはき出されたのは、10年分の想いが詰まった言葉だった。


10年前のあの事故の後…
司が記憶を失った時、ニューヨークへ戻った時、滋は泣き言ひとつ言わず、ただつくしを励ましてくれた。

あの頃のつくしは気付かなかった。自分自身のことで精一杯で。
滋が、どれ程後悔に苛まれていたのだということに。

司の、あの事故がなければ…?
何故、事故にあったのか…?
あの日、無理矢理2人を拉致しなければ…?


引き裂かれ、深い森を彷徨っていたつくし同様、滋も同じように彷徨っていたのかもしれない。


「……違うよ……滋さん……」
「……え……?」
「……あの時、島に行かなかったら、道明寺とはそれっきりだった。
…そういう約束だったから…」

一緒に鍋を食べるという約束。
その約束を果たすためだけに帰国した司。
結果は同じだった。
お互いある部分納得して別れたか、中途半端で終わったかの違いだけ。


「……大丈夫。もうここでけりを付けるから。その為の裁判なんだよ。きっと」
「……つくし……」
でも…と言葉を続けようとする滋に更に告げる。

「私は別に、道明寺と争いたい訳じゃないよ。
…これは争うための裁判じゃ無い」

漠然としてはいるが、つくしの言葉は確証に満ちている。
そう、これは争いではない。そんなのではなくて…
穏やかなつくしの声に、我慢していた滋の涙腺が緩む。

「…ごめん……! 本当にごめん…。ごめんね…!!」

つくしにしがみつき泣きじゃくる滋を宥めていると、昔、つくしが言われた言葉が甦って来る。

-ありがとうは何度も聞いた…
素っ気なく言う類の声が思い出され、ふと笑みが浮かぶ。


-『ありがとう』と『ごめんね』は魔法の言葉。
けれど何度も聞くなら、ありがとうの方がずっといいね。
そうでしょう? 花沢類。

滋の背中をぽんぽん叩きながら、ここに居ない類にそう話しかけていた。






司が会議室のドアを開けた途端、そこに座る人物の姿を見て僅かに驚く。

「よう…」
「…あきら…?」
何故ここに…? と、言外に問う司に、あきらが答えるように口を開く。

「…何だ? 只の平取(肩書きのない取締役)じゃ役不足か?」

今日の打ち合わせは美作商事との取引。
当初聞いていた話では、副社長が来ると聞いていたが、そこに居たのはあきら。
本人が言うように、端から見れば役不足かもしれないが、あきらの能力を知る司に異存は全くない。
それでなくてもこの話は、あきらが役員になる前、下積みの平社員時代から関わっていたと聞いていた。

「…否…」

それだけ答えると、あきらの向かい側に腰を下ろす。
あきらもそこからビジネスモードに切り替わる。
1時間程話し、あらかたの方向性が纏まった処で、あきらが軽く首を回しながら「ところで…」と切り出す。

「今回の件、どうするんだ?」
『何を?』と返さなくても判る、あきらの問い。
若干、砕けた口調に変わったものの、そこに司に対する非難の色は見えない。

「……別にどうもしねぇ。仕事上、仕方ない事だ」
「ったく…」
ある程度予想のついた司の答えに苦笑しつつ、言葉を続ける。

「まぁ…それも嘘じゃないんだろうけどよ…。
ひとつ忠告しておくんなら、正攻法じゃ無い事はするな。
でないと…お前、後悔するぞ」
「は…? 後悔…?」

聞き慣れない単語に司が鼻で笑う。

「…するかよ。んなもん…」
「…『今』のお前なら、そう言うだろうな」

僅かに含みを持たせたあきらの言葉に、司が眉を顰める。
その様子に気付いているあきらだが、敢えてそこは無視し、新しく出された紅茶に口を付けると、席を立った。

「…なら帰るわ。まだ仕事が山積みでね」
「…ああ」

軽く手を挙げるあきらだか、部屋を出る間際、思い出したように口を開く。

「……無謀なことはするなよ…
俺は親友同士、共倒れする処なんか見たくねぇからな」
「…………俺は…」

部屋を出ようとしたあきらの耳に、司の呟きが届く。

「…別に…類と争いたい訳じゃねぇ…」
「…だろうな」
ぽつりと洩れた司の本音に、安堵の笑みを浮かべる。

「…精々気張るんだな。類の奴も中々手強いぜ」

それだけ告げると、あきらは部屋を後にした。








第1回 口頭弁論当日。東京、霞ヶ関。

マスコミが『財閥同士の対決』と煽っただけあり、30席程の傍聴券に200名を越す傍聴希望者が列をなす。
東京地方裁判所前には、各マスコミカメラが列をなし、2人の姿を捉えようと待ち構えていた。

最初に姿を現したのは司。
マイクにも、フラッシュの光にも不機嫌そうに眉を顰め、終始無言で建物内部に入る。
僅かに遅れて付いた類も同様、全く表情を崩さないまま、終始無言で建物の中に入って行った。

天井の高いエントランスを抜け、法廷が開かれる階に類が降りると、控え室には既につくしと、補助として志朗が待っていた。
志朗に軽く会釈をすると、時計に目を落とす。
まもなく11時、開廷5分前。
視線でつくしを促すと、つくしも決意に満ちた眼で頷く。


類が法廷の中に入ると、入り口手前に設置されたマスコミ席だけでなくそこに居るすべての人々
-既に本訴原告席にいる司の視線も、一斉に類に向けられる。

今回の裁判は、類側だけでなく、司-明和製薬からも起訴されている。
時期としてはほぼ同時だったが、提出された順番から、本訴原告が司、本訴被告であり反訴原告が類となった。

類は全く表情を変えず、傍聴席を通り抜け内部に入り、裁判官左手になる被告席に座る。
続いて入ってきたつくしと志朗は、サインをすると同様に着席した。

途端に向けられる強い視線。
向かい側に座る司からのもの。
つくしの身体に緊張が走る。

-大丈夫…もう、逃げないから…。

意を決するように大きく息をつくと、奥の扉が開き、黒の法服を纏った3人の裁判官が現れる。
そこに居た全員が一斉に立ち上がり、一礼する。



争うためではない闘いが、始まる瞬間だった。


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