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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 7

第7話


夢の中でつくしは追い掛ける。
これは夢で、現実ではないと判っているのに。
幾ら探しても探しても、求める人は見付からない。
手を伸ばす先に、直ぐ近くにいるというのに…
疲れ、倒れ込み、動けなくなった処で目が覚めた。



視界に、見慣れた天井が飛び込んで来ても、一瞬何処だか判らなくなる。
そうか、夢か…と、目を擦ると、目元はガサガサしていた。
つくしがゆったりと起き上がり、洗面所へと向かう。
眠りながらも泣いていたのだろうか?
鏡の中の顔は、瞼が酷く腫れている。

「酷い顔…」
言って冷たい水で顔を洗う。
今日が休みで良かった…と、内心ため息をついた。

昨日の帰り道、ふと類のことを思い出したからか。
ここ数年、もう夢に見ることなど無かったというのに。




別れることを言った後、類には一言だけ謝りのメールを入れた。
『ごめんね』と。

電話は、別れの決心が揺るぎそうで、どうしても出来なかった。

そして携帯を解約する。
経済的には厳しかったが、住む場所も変えた。
ゴタゴタの中、司法試験を受けたのは、半分意地もあった。
ここで受かったからと言って、類の父を見返せる訳ではないのは判っていたのだが。
とはいえ最後の追い込み不足で受けた試験は、短答式試験は通ったものの、論文式試験が僅かに足りなかった。

もしかしたら…
いつかのように類が自分を見つけてくれるのではないか…?
心の奥底にあった甘い考えは、不合格通知と共に捨てた。
類が、つくしの別れの言葉を受け入れたのか、それとも動けない理由が別にあったのかは判らない。
だが、今ここに類が居ないことが、現実。

司との別れの時には類が居たから、先へ進むことが出来た。
今度は一人きり。
泣いていても仕方がない。
そうやって踏ん切りを付けなければ、先へ進むことはおろか、立ち上がることすら出来ない、ギリギリの状態だった。

無理矢理に気持ちを切り替え、翌年の試験のため勉強を再開したときに会ったのが寿司職人になった清之介。
清之介の耳にも、司との破局は伝わっていたのだろう。
流石に類とのことは知らないだろうが、つくしの様子から察したらしく、詳しい事は何も聞かない。
ただ、弁護士を目指していることを知ると、叔父の法律事務所をバイト先にと紹介してくれた。
お陰で、在学中は勿論のこと、卒業後から合格発表のある9月まで、勉強しつつ路頭にも迷わずに済んだ。


合格後、志朗の元で引き続き世話になっているつくしは、弁護士になってからはひたすら仕事に取り組んでいる。
テレビドラマにあるような刑事事件を取り扱う事はまずない。
殆どが民事、離婚調停や慰謝料・養育費問題。
でなければ、顧問先企業の債権に関する訴訟が殆どだ。
空いている時間があれば、過去の書類を読み、裁判の傍聴をする。
忙しくしていれば、余計なことを考える余裕など無かった。

立ち止まるのが怖かった。
深い森に迷い、一人取り残されてしまいそうで。







「おはようございます」
週末をのんびり過ごし、気持ちを切り替えたつくしは、いつもの通り職場へ向かう。
美和が落としておいてくれた珈琲をマグによそうと志朗が声を掛けてきた。

「牧野先生。1件、お願いしたい件があるんですが、今、急ぎはありますか?」
「え…今ですか…」

慌ててスケジュールを確認する。
頼まれていた企業からの内容証明は作成し、先週末に出した。
後は細かい作業が幾つかあるが、急を要するものではない。

「いいえ。今のところは大丈夫です。…何か…?」
「いえ、今日10時に来られる方なのですが…」

志朗が言うには、今回の依頼者は女性で、半年ほど前に出産をしたばかり。
女性の妊娠中に旦那が浮気をし、志朗が離婚調停を行った。
夫婦の財産分与と夫からの慰謝料、子供の養育費等は概ね片が付き、それで終了…
となる筈だったのだが…

「この萩野さん…否、今は山口さんですね。
元々会社にお勤めで、出産休暇中後は1年間、育児休暇を貰ってから、仕事に復帰する予定だったそうです」

ところが予定外の離婚。
これからのことを考えた結果、育児休暇を繰り上げ職場復帰をしようとしたところ、上司から、自主退職を強要されているという。

「聞いたところによると、少なからずマタハラ(マタニティ・ハラスメント)もあったようです。
確か牧野先生、先日も似た案件がありましたよね」
「あ…はい」
返事をして、2ヶ月程前の案件を思い返す。

内容が内容だけに、今回は女性のつくしも同席して欲しいという。
クライアントの山口とは、何度か事務所に訪れている事から、互いに顔は知っている。
先方も、そう抵抗はないだろう。

「はい。判りました。じゃあ、資料を用意しますね」
「お願いします」

つくしは志朗に一礼すると、ファイルの山から目当ての資料を探し始めた。


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