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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 80

第80話


つくしの手がゆっくりと動く。
司に向かって。

懐かしい、その背中に無意識に手が回されようとした刹那、つくしの脳裏にひとつの顔が浮かび上がる。


-好きだよ。牧野が。
穏やかにつくしを見つめる、淡い瞳。

-つくしが欲しい。
普段は誰にも見せない、少年のような笑顔。

-顔を上げろ。牧野
力強い類の視線。



表情が決して豊かではない類が、つくしに見せる様々な表情。
それが今、目の前に居る司と重なる。


-求めるのは……本当に求めるのは……?


頭で考えるより、行動の方が素直だった。
つくしの手が動く。
そっと司の腕を掴むと、自らの身体を引き離すように力を込める。


「牧野…?」
「…あんたを…好きだったよ。道明寺」
つくしの行動に驚いた表情を見せる司を見上げる。

「あんたが、好きだった。離れたくなかった。それは本当」
つくしの声は不思議な程、落ち着いている。

「何で私だけ忘れたの!? って、何度も思った。
哀しくて…でも泣いてばかりもいられなくて…あんたの事、怨んだよ」
「………それは………」
「謝って欲しいんじゃない…。…そうじゃないから…言わせて…」
司の言葉を遮るように続ける。

「あんたが…好きだった。誰よりも何よりも、好きだった。
でも、あんたが居なくなって…私の心を占めたのは…
道明寺…じゃない…」

必死に告げるつくしの言葉。
その先は…聞いてはいけない。
司の感がそう告げる。なのに身体が凍り付いたように動かない。

「…怨んでも…殴っても良いよ。…ごめんしか、今は言えない…」
「…まき…」
「…ごめんね。道明寺…」

-さよなら。
声にならないつくしの声が、そう告げるように動く。

つくしの手が司からするりと離れる。
まるで小鳥が逃げ出すように、つくしの身体も司から離れ、そのまま出入り口を駆け出て行く。
司がその手を掴もうとして…その姿が瞬く間に消える。




部屋に独り、司が残される。

忘却は、罪。

昔、何処かでそんな言葉を聞いた。
だとしたら自分は、何という大罪を犯したのだろう。
代償として、一番失いたくないものを失ったのだから。

「……だとしたら…残酷だな……。運命の悪戯ってやつはよ……」

呟くように言った言葉は、つくしの耳には届かなかった。




逃げ出すように控え室を出て、エレベーターの前に行く。
類の姿は既に無かった。
多忙な類。
しかも『先に行っていてくれ』と、言ったのだから当然か…と、自らを納得させつつ、何処か淋しさも感じる。
建物の外に出て歩きながら類の番号を表示させ、手が止まる。

2人の今の関係は、弁護士とその依頼人。
それ以外の何者でも無い。
ましてや先日聞いたとおり、類には近々縁談の話が纏まるのだろう。

-電話して、どうするというのだろう…?
自問してみる。
そのままスマートフォンを鞄にしまおうとして、軽く首を振る。

類の答えがどうであれ、つくしは言っておきたかった。
森を出る時、隣に誰もいなくても構わない。
今度こそ迷わないために…。

小さくよし、と気合いを入れると、表示された番号に電話を掛けた。



『留守番電話サービスに接続します』

無機質な案内表示の声が聞こえる。
意気込んでみたものの、当の類は電話に出ないまま。
今日は特に何があるとも言っていなかったが、会議か商談か、電源を入れられない状況にあるのかもしれない。
肩透かしを食らった感があるが、仕方がない。
発信音が鳴る。

「…牧野です……。えっと……」
何時もであれば『また電話する』と、告げる処。
今日に限っては違う言葉がするりと出た。

「……電話を下さい。待っています……」

何故、そんなことを言ったのか判らない。
そのまま電話を切ると、仕事を片付けるべく事務所へと急いだ。








「は~。疲れた~」
応接室から首をコキコキ回しながら、貴子が出てくる。
来客を見送りし、一段落したところ。

「もう5時半かぁ…。そろそろ上がりでしょ? 飲みに行かない?
今日、シロ先生は接待だから…」
「……あ……」
貴子にそう言われ、既に夕方になっていることに気付く。

事務所に戻り、和解案の原案を着手し、この数時間で概ねのものは出来上がっていた。
その間、机の上にスマートフォンは置きっぱなしにしていたのだが、今までそれが鳴る事はない。

-忙しいのかも…?
そう思うのは当然。
『かも』ではなく本当に『忙しい』のは間違いない。

けれど…。
何時もであれば留守電にメッセージを入れておけば、大抵は返事が返ってきてきた。
それが、移動中の合間であったとしても。
それでなくとも今回は、折り返しの旨を告げている。

「…貴子先生。すみません。今日はちょっと…」
「あら? 先約? じゃあまた今度ね」
「貴子先生。俺、暇ですけど~!」「あ、私も」

帰り支度をしていた香取と美和が、はいはいと声を上げる。
貴子が仕方ない、という表情を浮かべ、2人と共に出て行く。

静かになった事務所内。
携帯を手にし、リダイヤルを押す。
表示される、類の番号。

-和解原案、纏まったし…それを伝えるのもあるから…。

必死に言い訳をし電話をかけるものの、やはり先程と同じガイダンス。
どうしようか悩み、今度は花沢物産を表示する。
受付ギリギリの時間だったが電話が繋がったため、迷って田村を呼び出す。
類が外出中なら、一緒に出ている筈だ。
居なければ、今日は仕方がない。
そう思っているつくしの耳に、保留音から男性の声が飛び込んで来る。

「お仕事中申し訳ございません。弁護士の牧野です」
挨拶をし、本題に入る。

「和解の原案が出来上がりましたので…花沢…社長にお電話致しました。
会議かと思いましたので、終わられましたらご連絡頂けるよう、お伝え下さい」
「あ…それが…」

田村にしては珍しく、歯切れの悪い口調。
直ぐにかけ直すと一端電話が切られ、言葉通り5分後、事務所に電話が掛かってくる。
表示された番号は、田村の携帯電話だった。

『申し訳ございません。…少々、人目がございましたもので…』
そう言いつつ言葉を続ける。

『…実は…社長は現在、こちらには居りません』
「…え? …あの…どちらへ…?」
『…それが…その…』

田村の口は変わらず重たい。
つくしは促し、次の言葉を待つ。

『裁判所を出られてから…。所用で2日ほど空けると申しまして…。
自宅にも戻っていないようです』
「え……?」
『明後日には重要な打ち合わせが入っておりますので、それまでには必ず戻ると申しておりました。
それで先生、…ご用件はお急ぎでしょうか…?』

田村の言葉に只、驚くばかりのつくしだった。


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