駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 81

第81話



「はい…では失礼致します」
電話を切ってからつくしは首を傾げる。

類が何処に居るか判らない。
2日後には戻ると言って出たきり。
電話が繋がらないことから、もしかしたら海外か…? 
と、それとなく尋ねてみたのだが、パスポートは田村が管理しているため、それはないと言う。

ならば、何処へ…?

類も1人で何処かに行きたい時もあるだろう。
営利目的誘拐がないとは言えないが、ある程度の護身術は身につけていると昔聞いた。
いい大人なのだし、心配ない。
そう思うのだが、言いようもない不安がこみ上げて来る。

-今日、今、会うべきなのだ。類と。
会って、そして告げなければ…と。

それでも思いつく場所が判らない。
類が好んだ場所、といえば英徳の非常階段。
だが昨今の情勢により、関係者以外の立ち入りが厳重化されているという。
無論、類ならば言えば問題無く入れるのが、そういった場合には、何らかの届出なりが出ている筈。
そんな面倒なことをするとも考えにくい。

あとは自宅。
殆ど寝ている眠り王子。
こちらも、マンション、世田谷の自宅、どちらも不在だ。
そのどちらにもいない。…となると…?

「………まさか………?」

思いつく場所があった。ひとつだけ。
以前類と共に出掛けた、こぢんまりした別荘。
もしかしたら、そこに行っているのかもしれない。
けれど具体的な場所が判らない。

「……駄目…かぁ……」

思わず机にうつ伏せになった処ではたと気付く。
鍵の掛かったキャビネットを開け、書類の束から1冊のファイルを取り出す。
類の遺言書作成に関する資料。
あの場所は、類が遺贈を受けたと言っていた。
ならばここに記載されている筈…。

財産目録のページを捲り、該当の物件を探す。
幾つかある不動産。殆どが賃貸用。

「……あった……」

大体の場所は聞いていた。
同じ県内に、類が所有する不動産はこれしかないため、間違いない。
評価明細書には、所在地と住所地がきちんと記載されている。
東京から『近い』と、簡単に言える場所ではない。
今から東京駅に向かっても、向こうに到着するのは夜中近く。
それでもし居なかったら…?
というより、その可能性の方が高い。
少なくとも今行けば、明日の始業時間迄に戻ってくるのは厳しいだろう。

-でも…

うん、とひとつ頷き、明細書に記載された住所地を書き写す。
ホワイトボードの自分の名前の欄に、赤字で『休』と書く。
志朗の机の上に、明日休む詫びを書き残すと、鞄を引っ掴む。

-いいじゃない。居なかったら居なかったで。
迷うくらいなら行った方がいい。

手際よく戸締まりをしビルを出ると、東京駅へと急いだ。








車のライトを消し、エンジンを切る。
類の目の前に立つのは、小さな建物。
ここに前来たのは5年前。
つくしとの、夢のような時間。
あのときから、自分はなんと遠くに来てしまったのだろう?


逃げるように裁判所を出た類は、そのまま用意された車に飛び乗ると、車は静かに動き出す。
田村がこの後の予定やら何やらを告げて来るが、類の耳には届かない。
一言、自宅へ向かうよう指示する。
困惑気味…というより完全に困惑している田村を、2日後、磯間工業をはじめとする地下資源開発の会議までに戻る旨を告げ、黙らせた。

何処かに行きたかった。ここではない何処かに。
気付いた時には車のキーを掴んでいた。
思うがままに車を走らせる。
類にとってシェルターのような
…今では何にも代え難い、思い出の残る場所へ向かって。



既に陽は落ち、薄暗い部屋の中。
週に一度は祖母の代から知る管理人夫妻が来ているため、中の空気はそれ程濁ってはいない。
そのまま電気も付けずリビングのドアを開ける。

祖母と母の趣味で、品良く纏められた家具。
目を引くのは、硝子ケースに入れられたヴァイオリン。
母、望恵がジュリアード音楽院に留学する際、
持って行く筈だった愛用の楽器。
留学を止め悟との結婚を決めた時に、望恵はそれをここに置いていった。
以後、定期的に調整はさせているものの、誰も奏でない名器。

-楽器は、奏でてこその楽器だというのに…。造られた意味が無い。
まるで…俺みたいだな。存在することに、何の意味も持たない。

埒もない考えと自らに対する嘲笑が浮かぶ。



つくしを抱きしめる司の姿。
それに応じようとするつくし。
その姿が目に焼き付いて離れない。

一度は司のために、つくしを諦めた。
つくしと別れ、帰国したときも、すべてを諦め自分を抑えようとした。
それでも押さえきれず、ならばいっそ、足掻いてみようと思った。
自分に出来ることすべてを使ってでも、つくしを手放さないために。

なのに…何故、今なのだろう? 司の記憶が戻るのは…?
二度諦めたのだから、三度目も諦めろというのだろうか?

「…否…違うか……」

掠れた声で呟く。
最初からつくしを手になどしていなかったのだ。
あれは、一夜の夢物語。
だとしたら、運命は何と残酷なのだろう。

壁にもたれか掛けるようにして床に座り込む。
哀しみと、怒りと、諦めと…
すべてが入り交じった複雑な感情が類を支配する。
蹲るようにして、そのまま顔を伏せた。





東京駅に行くまでに電車でのルートを検索し、一番早い列車に飛び乗る。
2つ程経路を乗り継ぎ、最寄り駅に付いた頃には完全に夜
-夜中に近い時間になっていた。
そのまま駅前でのんびり寛いでいるタクシー運転手に声を掛け、メモしてきた住所を見せる。

「お客さん。ご旅行ですか?」

人の良さそうな運転手が声を掛けてくるのを曖昧に頷きながらも、心はその先に居るであろう人物に向かっている。
目的の場所に着いた時、部屋の中に灯りは付いていなかった。

「お客さん。…ここですけど…?」

どうします? とでも言いたげに、運転手が尋ねて来る。
類がここに居なければ、中に入る事もできないつくしはこの場所で一晩明かさなければならない。

-違った…?

そう思って目を向けた先に、車が一台停まっている。
車に然程詳しく無いつくしでも判る、外車のエンブレム。
あれは…?

「ここで降ります」

短くそう告げ運転手に料金を支払うと、
ドアが自動で開くのももどかしいくらいの勢いで車を降りた。
タクシーのエンジン音が遠くなり、辺りに静けさが訪れる。
目の前にあるこぢんまりした、何処か懐かしい感じのする別荘。
ゆっくりと門を開け、チャイムを鳴らす。
反応は無い。人の気配も。
でも判る。この中に居る。

「…類…? 居るんでしょ…?」

ドアを叩いても声を掛けても反応が無い。
どうしよう…と思い悩みドアノブを掴むと鍵は掛かっておらず、呆気ないほど簡単にそれが開いた。
行儀が悪い、等と考える余裕も無かった。


つくしは足を踏み入れる。
それが深い森の出口に向かっているのか否か、未だ判らないままに。


関連記事
スポンサーサイト

*    *    *

Information

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする