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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 82

第82話


ゆっくりとドアを開ける。
薄暗い部屋の中。
相変わらず人の気配は感じない。
西洋式に造られたこの建物には、日本の玄関の概念がないため、入り口で靴を脱ぐ習慣がない。
そのためこの場で類が居る確証はまだない。

「類…。居るの…?」

声を掛けながら、辺りを見回す。
少しずつ暗闇に目が慣れて来ると、中の様子が判る。
高い天井、飾られる調度品。
そしてリビング続くドア。

昔の記憶を手繰りながら、そっとそのドアを開けると、小さな子供のように、床に座り込む人の姿が見える。

「類…?」

声を掛けるとその人物の姿がゆったりと動く。
探し求めていたビー玉の瞳が、つくしの姿を捉えた。





玄関のチャイムが鳴る。
音は聞こえているが、類は反応しない。
ドアを叩く音。微かに何か言う声。
やがて、かちゃりとドアが開く音がしても、類は無反応のままだった。

不審者が入ってきても、仮に暴行されたとしても、どうでもいい。
只、放っておいて欲しかった。


「類…。居るの…?」
ドアの向こうで自分を呼ぶ声。
ここに居る筈のない声が聞こえる。

-まさかな…。ここに居る筈も無い。
顔を伏せたまま、類は動かない。

直ぐ近くでドアの開く音がする。
軽い足音。

「類…?」

先程より身近に聞こえる類を呼ぶ声。
聞きたくて、そして聞きたくない声。
ゆったりと顔を起こす。
類の眼に、心配そうに類を見つめるつくしの姿が映った。



「良かった…。ここに居たんだ…」
安堵の声を上げ、慌てて電気を付けようと壁を探るつくしの行動を、類の声が遮る。

「…何しに来たの?」
「………え………?」
「何しに来たの? こんな処まで」
「え…と……。それは……」

-只、会いたかった。だから来た。
そう言おうと思っていたのに、類の眼を見た途端、その言葉が止まる。

「…類…が……その…類と、連絡が取れなかったから……」
「別に…何処にも行きはしないよ…」
「そ…れは…。そう、なんだけど…」
「居るのが判ったなら満足? 帰って」

つくしからの視線を避けるように、顔を背ける。
今、幸せの表情を浮かべるつくしを見たくは無かった。

流れる沈黙。

類の素っ気ない、冷たい言葉に、わっと泣き出し、このままここを飛び出してしまいたい。
けれど足は、張り付いたかのように動かない。

ここを去っては駄目。
ここに居なくては駄目。

本能のような何かが、つくしにそう告げる。



直ぐ近くにある、つくしの身体が動く気配はない。
類は舌打ちしたい衝動を抑え、続ける。

「…車、呼ぶから帰っ…」「帰らない」
類の言葉をつくしが強く否定する。

「帰らない。…帰るなら…類も一緒に……」
「……牧野……?」
再びつくしに視線を戻す。


夜の帳が下りた今、薄暗い部屋の中でつくしの表情ははっきりとは見えない。
けれど類には判る。
今にも泣き出しそうなつくしの表情。
泣きたいのにそれを必死で堪える
意地っ張りで、強情で、でも本当は泣き虫の、類が愛したつくしの姿。

-何故…?
問いかけは声にはならない。

-何故、牧野はここに居る?
司の手を取り、幸せいっぱいの筈の牧野が、何故ここに居て、泣きそうな顔をしている…?

心に浮かぶ疑問の代わりに、真逆の言葉が口から飛び出る。

「牧野。あんた、何言ってるか判ってる?」
「…え…?」
「こんな夜更けに一人で男の処に来て。
『帰らない』だなんて言って…只で済むと思ってる?」
「……………」
「…俺だって、聖人君子な訳じゃ無い…」

類の声に、つくしがぴくりと反応する。
幾ら奥手のつくしとはいえ、その言葉の意味が判らない筈も無い。
ましてやこの場所は、つくしにとっても忘れがたい場所。

再び訪れる沈黙。
類がため息と共に立ち上がる。
車を呼ぶため、電話のある方へ向かおうとしたとき、徐につくしが口を開いた。

「…いいよ…」
「………?」
「…只で…済まなくていい…」
「………牧野………?」
「…ずっとだなんて言わない。今だけでいい。
今だけでいいから……。だから……。類の側に居させて……」

掠れ、消え入りそうなつくしの声。
類が一瞬、驚いた表情を見せるが、ゆっくりとつくしに近付き、そっとその頬に手を当てる。

柔らかく、温かいつくしの頬。
整った指先でそれを撫でながら告げる。

「……優しくなんて、出来ないから……」

絡み合う2つの視線。
つくしがこくりと頷くと、類の腕がつくしの身体を引き寄せる。
抱きしめられ感じる、柔らかく香る類のコロン。
つくしの腕が、広い類の背中に回された。






-類は嘘つきだ。

そんな思いがつくしの中を駆け巡る。
以前、つくしに向かい「つくしのように嘘はつかない」と言った類。
だが、類の方がよっぽど嘘つきだと思う。


つくしに触れる指先も、落とされる沢山の口吻も、言葉とは裏腹に、酷く優しい。
まるで大切なものを扱うかのように、何度もつくしの名を呼ぶ。
つくしを見つめる眼は、愛情に満ちあふれている。
愛されていると、勘違いしてしまいたくなる程に。

-ずっと、こうして欲しかった。
あの別れの日。
深い森を彷徨い始めた、あの日からずっと…


意識を飛ばしたつくしの髪を、頬を、優しく類が撫でる。
その指先が心地良く、このままずっと微睡んでいたい。

つくしがうっすらと眼を開ける。
重なる視線。
と、同時に落ちてくるシャワーみたいな口吻。
目も眩む程の幸福感がつくしを満たす。


この先何が起きても、もう迷わずに進んで行ける。
たとえ明日、類が別の手を取ったとしても。
つくしがそっと類を抱きしめる。





つくしの華奢な身体を引き寄せる。
背中に、つくしの小さな手を感じた途端、類の箍が外れる。
指先に、唇に、つくしを感じる度に、自分の中で押さえていたものが溢れ出し、尚一層それを求める。
類の名を呼ぶつくしの唇を、自らのそれで塞ぐ。
その吐息も声をもすべて、自分のものだと言わんばかりに。

-理由なんて、要らない。
ただ、つくしを抱きたかった。
あの別れの日。
深い森を彷徨い始めた、あの日からずっと…


意識を飛ばしたつくしの髪を、頬を、そっと撫でる。
つくしの身体を気遣う余裕など何処にもなく、ほんの少しだけ、罪悪感が浮かぶ。

つくしがうっすらと目を開ける。
重なる視線。
と、同時に再びつくしに口吻を落とす。
言葉では言い表せない程の幸福感が類を満たす。


この先何が起きても、もう迷わずに進んで行ける。
恐れるものなど何も無い。
たとえ明日、何が起きたとしても。
類がそっとつくしを抱きしめる。




寄り添うように眠る2人の前に、森の出口が見え始めていた。



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