駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 83

第83話



つくしが深い眠りから目が覚めたのは、隣で何かが動く気配がしたから。
温かい、安心出来る何かがすっと離れ、それがとても淋しく感じる。
聞こえて来る水音。
目はまだ閉じたまま、半分回らない頭でそれを聞く。
やがてそれも止み、再び誰かが近付いて来る気配がする。

-…誰…だっけ…?
ぼんやりとそんなことを思っていると、つくしの唇に何かが触れる。
いつもより温かい、でもよく知る感触にゆるゆると目を開けると、目の前にビー玉のような瞳が映る。

「…おはよ…。って時間でもないけど…」
「はっ…花沢類……!?」

途端に昨日の事が思い出され、真っ赤になるつくしに対し、類の表情は変わらない。
一度つくしから離れ、小さな冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、キャップを捻り『飲む?』と言わんばかりにつくしに差し出す。
気付けば喉がカラカラだったつくしは、ゆっくり上半身を起こし、片手でシーツを胸元にたぐり寄せ、片手でそれを受け取る。

程よく冷えたミネラルウォーター。
こくこくと喉を鳴らし、1/3程空いたところでひと心地がつく。
ふう…と、息をつくつくしの手からペットボトルを奪うと、自らもつくし同様、残りの水を煽る。

「あ…の…それ……?」
「……悪いんだけど……」
類がベッドに腰を下ろし、つくしと目線を合わせる。

「夜明け前にここを出なきゃならない。
そっちにもうひとつバスルームがあるから、さっぱりしてきたら?」
「え…と…でも…」

よく考えたら、何も用意せず電車に飛び乗ってここまで来た。
着替えも何も無い。

「…とりあえず適当に持ってきて貰ったから。着替えたら下においで」
「持って来てって…?」

誰が…? それに何を…? と尋ねようとする言葉は音にならない。
類の唇がつくしのそれを塞ぐ。
先程と同じ、触れるだけの柔らかい口吻。
驚くつくしに僅かに微笑むと、そのまますっと立ち上がり、寝室のドアを開け部屋を出る。


残されたつくしが、呆然としたままゆるゆると唇に手をやる。
途端に尚一層真っ赤になり、顔に手を当て、アタフタし始める。

藻掻くこと数分。

少し落ち着いたつくしは、ゆっくり立ち上がり、類が示したバスルームへと向かう。
類の言葉通りそこには、下着を含めた着替えと、真新しいアメニティグッズが置かれていた。
猫足のバスタブのある浴室に入り、シャワーを捻る。
軽く髪と身体を洗いながら、あちこちに残る跡に気付く。
その跡と普段は感じない鈍い痛みが、昨晩の出来事が夢でないことを裏付けている。

色々な疑問が綺麗に晴れた訳では無い。
けれど心は、不思議な程落ち着いている。
きゅっと栓を捻りシャワーを止め脱衣所に戻ると、着てきた服と用意された服、2つを前にどうしたものか、と首を捻る。
類が用意したのは、シンプルなコットンのワンピース。
さらさらの手触りが心地良い。

-折角だし…
自らに言い訳をし、それに袖を通す。
手早く髪を乾かし、ベッドルームに戻ると、サイドテーブルに置かれた時計に目をやる。
時刻はつくしがここに来た時間とほぼ同じ。
日付だけが1日進んでいる。
と、いうことは、まる1日、類と一緒にいた計算だ。
改めて恥ずかしくなると共に、丸一日食べて居ない事で、急に腹の虫が鳴き出す。

「…私ってば、本当に単純よね…」
独り言ちると、手早く来ていた服を畳み、リビングへと向かった。



階段を下りて行くうちに、珈琲の良い香りが立ちこめてくる。
つくしがリビングに降りて来ると、丁度類がドリップした珈琲をカップに注いでいるところ。

「丁度良かった。用意出来たから座って」
「…花沢類が珈琲入れてる…?」
今まで一度も見たことのない風景に、目を丸くする。

「そりゃあ、珈琲くらい入れられるよ。
…フランスに居た時は、独り暮らししてたんだし…」
少し拗ねた様子で、ミルクパンの中のミルクを注ぎ、つくしのカップにだけ砂糖を入れる。
いつもつくしが入れるよりほんの少し多めに。

一連の行動が手慣れており、違和感がない。
元々、器用で見ず知らずの他人を自分のテリトリーに入れたがらない類は、必要最低限の事以外、自分でやっていたのだろう。
つくしの知らない、類の5年間。

「…そっか……」
「ほら、座って」
「う…ん。あの…これ、花沢類が作ったの?」

テーブルの上にはクロワッサンにサラダ、パンにスープ。
夕食と言うよりは朝食という感じだ。

「まさか。管理人に頼んでおいた。俺はスープ温めただけ」
つくしの前にカップを置くと、向かい側に自らも座る。
ブランチとして用意して貰った、と類が告げ「少ない? 足りない?」と悪戯っぽく尋ねて来る。

「充分です!」
むっとむくれる。
実際、今起きたばかりなのだから、重い夕食より軽めのブランチの方が身体的にも有り難い。
珈琲を一口含む。
いつも飲むものより少し甘めのカフェオレが、今日は丁度良く感じる。

「美味し…」
「…そ…?」
ほんの少し口元を緩め、自らも珈琲を口に運ぶ。
不思議な程、落ち着いて穏やかな空気が流れていた。






「忘れ物はない?」
「うん。大丈夫…」

元々荷物は鞄ひとつ。
後は着てきた服が増えたくらいだ。
類に至っては何も持って来て居らず、服は当然のように置きっぱなし。
今日の食事やつくしの着替えも含め、その辺りの事は管理人に任せているようだ。

類が助手席のドアを開け、つくしを中に誘う。
少し照れながらも、つくしが中に座るとドアを閉めた。
運転席側に回る時、一瞬、別荘を振り返る。

-今度、ここに来る時は『今』と大きく異なっている。

それは予感などではなく、確信。
どういう形になるのかは判らないけれど。
後はもう振り返らず、滑り込むように運転席に座ると、エンジンを掛けた。



夜中で道は空いているものの、距離があるため東京までは相応の時間が掛かる。
着くまで寝てて良いと言う類の言葉に、「そんなに眠れないよ」と頬を膨らませる。
が、その舌の根も乾かぬ間に、つくしの頭がこくりこくりと揺れ出す。
変わらないその様子に、類の口の端が緩む。

目を閉じ眠るつくしの顔は、何処かあどけないまま。
きっとこれは、ずっと変わらないのだろう。
隣を見れば、笑い、時に怒り、そして眠るつくしが居る。
それこそが類が望んだもの。

運転席から見える東の空が、僅かにだが白んで来る。
夜明けまでにはまだ時間がある。
闇の中を走る車は、闇の中を藻掻き走る類、そのもののようだ。


だが恐れも後悔も、もうない。
後は前を見て進むだけ。



隣に幸せな暖かさを感じながら、アクセルを踏み込んだ。


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