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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 84

第84話


「……きの……まきの…」
「…………ん…………?」
柔らかくつくしを呼ぶ声。

車の中の心地良い揺れと、隣に居る人物への安心感でぐっすりと眠ってしまったらしい。
目を開けると、至近距離で類の顔が見える。

「!! ……はっ…花沢類!」
「…起きた? 着いたよ」
「あ…ごっごめん。私ってば寝ちゃってね。ありがとう」

アタフタとしながらシートベルトを外そうとし「取れない!」と格闘する。
その姿が可笑しく、類が思わず吹き出した。

「………なに……?」
「…否、久しぶりに聞いた。牧野の『ありがとう』」
「え…? そうかな…?」

首を捻るつくしに笑顔で肯定すると、自らは車を降り助手席側に回る。
助手席のドアを開け、つくしへ手を差し出す、その一連の流れは相変わらずスムースだ。
思わずその行動に見とれる。

「…牧野…?」
出て来ないつくしに声を掛けると、慌ててつくしが類の手を取る。

外はようやっと東の空が明るくなってきた頃。
人通りはない。


類の別荘に行き、つくしの家の前で別れる。
嫌でも思い出すのは、5年前の出来事。
既視感がつくしを襲う。


-この先、何が起きても迷わないって思ったばかりじゃない。
俯きそうになる自分を叱咤する。
それを察したのかのように、類が口を開く。

「…前とは、違うから」
「え?」
「あのときとは違う。…和解判決の後、全部話す。牧野にも頼みたいことがある」

待っていて欲しいのではなく、一緒に戦って欲しい。
言外にそう告げる類。

思わず類を見上げる。
落ち着き、決意に満ちた眼。
つくしは「何を…?」と聞きたい言葉を飲み込んだ。


-…少し…考えていることがある。

結局聞きそびれ、未だそれが何であるかが判らないまま。
それらをすべて話してくれるというなら、今はその言葉を信じよう。

「判った。今度はちゃんと聞くから」
「…うん…」
「あ、和解案は…」
「牧野に任せる。ゲオルグの意思を尊重してくれ」

つくしならばそれができると思うからこそ、出てくる言葉。
類からの絶対的な信頼を感じ、こくりと頷く。
ふと類の眼が緩み、つくしの頬にキスを落とす。

「お守り」
「…へ…? あ…えと…」

少し、悪戯っ子のように笑うと、運転席に戻る。

「…じゃあ」
「…う…ん…」

呆然としたまま類を見送る。
結局類の車が角を曲がり見えなくなっても、しばらくその場に立ち尽くす。
そっと類がキスをした頬に手を触れ、次の瞬間、湯沸かし器のように赤面した。




裁判が和解に向けて動き出す。
概ね希望は通っている。
後は先方との合意に向けての微調整に入っていた。

明和製薬としては、当時の技術では今の状況が精一杯だった、患者とその家族には、充分に納得して貰っていたとのこと。
その上で、一部効果が薄かったこと、又改良を怠っていたことを認め、謝罪すると共に、今後、新薬への改良研究に取り組んで行くという。

また、今回類への名誉毀損は取り下げるが、逆に明和製薬側を名誉毀損で訴えることは避けて欲しいとのこと。

患者とその家族のことは、つくしも気に掛かってはいた。
この裁判を、どういった目で見ているのか? と。
できたら治験者遺族の話を聞きたいと、鳴沢の元を訪ねたのだが、リートミュラーの治験者は殆どが欧州在住。
日本での患者も居るが、個人情報やプライバシーに関わることなので、つくしには教えられないという。

「この裁判がきっかけで新薬の開発や技術向上へ話しが向かえば、患者さんやご遺族の方は喜ばれると思いますよ」
柔らかくそう諭され、この件でこれ以上追求するのは止めた。

また明和製薬を類に対する名誉毀損で訴える意思がないことは、類に電話で確認してある。


「…では、書類確認後、問題が無いようでしたら、この方向性で和解。
と、いうことで、宜しいですね」
「はい。結構です」

つくしが確認をすると、代理人弁護士が頷く。
先方代理人の法律事務所を訪れたとき、その場に在席していたのは明和製薬社長のみ。
司の姿は無かった。
何となく顔を合わせにくい状況だったため、この場に司が居ないことに少しだけ安堵する。


「牧野先生は、依頼人の信頼を得ているのですね。
天草先生とご一緒されているだけのことはある…」

書類を確認し鞄にしまうと、立ち上がり部屋を出る。
エレベーターを待っていると、先方弁護士が声を掛けて来た。

「ご存じかどうか…。天草先生は、うちに居たこともあるんですよ」
「え…?」

意外な言葉に首を傾げる。
志朗が独立前に居たというのは、町の小さな法律事務所だった筈。
独立後は今の事務所のまま。
大手法律事務所に居たという経歴は聞かない。

「まぁ…居たと言っても、大学時代…アルバイトとしてですけれど。
実はその頃、私はまだ駆け出しの新入社員でしてね」
「そう…なんですね…」
「うちへ来るように、再三薦めたのですが…。
結局、彼は見向きもしませんでした。
『弁護する相手の顔も判らないような仕事は嫌だ』と言ってね。
随分な理想論者だと、思った時期もありましたよ…」

言って自嘲気味に笑う。
大手事務所では、案件が山のようにあり、多忙であるのだろう。
仕事をおざなりにする、ということは流石にないとは思うが、案件の注目度や金額の大小で、掛ける手間が異なってくるのは否めない。
理想や、綺麗事だけでは勤まらない。
それはこの仕事に携わったつくしにも理解出来る。
どちらが正しい訳では無い。
正義は、普遍的なものではないのと同様に。

「今回の件、お互いいい形での決着を望んでおります」
「はい、そうですね。微力を尽くします」
つくしは一礼すると、来たエレベーターに乗り込んだ。






真夜中、というには少し早い時間。
優紀は足早に病院へと向かう。
今日は夜勤当番。
慣れた所作でIDを通し、職員用通路から中に入る。

仕事は多忙で、常に難しいことを求められている。
夜勤時は人数も少ないこともあり、緊張の連続だ。
けれど月の夜勤日数や、その手当、夜間時のタクシー利用など、福利厚生の点では以前の職場と比べようもない。
おまけに研修制度も充実している。
今は将来を見据え、助産師か養護教諭の資格を取ろうかとも考えている最中だ。

更衣室で手早く着替え、白い室内履きに履き替えるとナースステーションに向かう。
間も無く申し送りの時間だった。
夜の院内。あまり音を立てないよう、それでも急いでいると、窓の向かい側にある病棟に、人影が見える。
入院病棟とも、緊急外来とも異なる病棟。
医者の誰かか、とも思ったが、白衣は着ていない。
スーツ姿なので、恐らくは会社員。かなり長身のようだ。

-それに…あの姿…何処かで…?

思わず立ち止まり考え込んでいると、後ろから同僚が声を掛けてくる。

「松岡さん。そろそろ急がないと時間だよ」
「あ…うん。そうね」

大手病院なだけあり、著名人や政治家など、入院していることを表沙汰にしたがらない人物も多い。
またそういった相手への見舞いは、時間外になることも多い。
その手の関係者か…、と思い直し、同僚と2人、ナースステーションへ急いだ。




仕事を終え、自宅マンションに送り届けて貰った類は、部屋には行かず、その足でそのまま車を走らせる。
慣れた道のり。
病院内の目立たないところに車を停めると、渡されたIDで中に入る。
一般病棟とは異なる、専用の建物へと足を向けた。
通り掛かる人は、誰も居ない。
その時間を選んで貰っていた。
ひとつのドアの前で立ち止まり、ノックをする。

「鳴沢先生、遅くなりました」


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