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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 86

第86話


「…できた…」
最後の一行を入力し終えたつくしが、思わず口に出して言う。

明和製薬との和解案。
先方弁護士との打ち合わせのうえ、どうにか合意書が出来上がった。

明和製薬側は、最初認可された薬の制作から35年。
認可薬は当時謳っていた効果が得られていなかったこと、製薬会社として効果向上に関する研究を怠っていたことを真摯に受け止め謝罪。
また、類より指摘を受けていた件を認め、名誉毀損を取り下げる。

逆に類側は、製薬関係に携わっていたゲオルグにも
その責務があったことを認め、生前本人が残した謝罪文を公開する。
類がゲオルグより遺贈された新薬の処方箋は一般公開する。
明和製薬はこれに改良を加え、更に効果の高い新薬の研究開発を行う。

裁判費用は折半。
また、類側から明和製薬への名誉毀損の逆訴訟はしない。


厚生労働省と製薬会社の癒着など、もう少し突っ込んだ追求もしたい処だったが、これに関して明確な証拠はない。
とりあえず、当初の目的であった明和製薬の謝罪は勝ち得た。
事実、この裁判はマスコミでも大きく取り上げられており、一部、骨太なメディアからは、当時の認可制度そのものに問題があったのでは?と、取り沙汰されている。

日の目を見るきっかけがあれば、物事は望む方へと動き出す。
それこそが、真の目的。

パタンとノートパソコンを閉じ時計に目を向ける。
今日は桜子から連絡があり、女子会と称して食事に行こうと誘われていた。
時刻は19時10分前。

「うわ…間に合うかな…?」
『少し遅れる』と連絡を入れると、慌てて事務所を飛び出した。




「あ、来た来た~」
約束の店に着き個室に案内されると、桜子の他、滋と優紀は既に来ていた。

「ごめんね。遅くなっちゃった」
「お疲れ様です」「今来たところだよ」「何飲む~?」

詫びるつくしを労い、口々に声を掛ける。
乾杯を終えた処で、滋が「ところでさぁ…」と、口火を切った。

「今回の件、無事和解で終わりそうなの?」
「う…ん。まぁ何とか…」

まだ最終までは行っていないので詳しくは離せないが、つくしは曖昧に肯定の言葉を口にする。
とはいえ、先日の傍聴には滋が来ていたので、内容は知っている。
更には『和解に向かう見込み』とも報道されていた。
つくしから否定的な言葉が出なかったことに、安堵の表情を浮かべる。

「良かったですわね。泥沼化しなくて」
「泥沼化ってねぇ…」

桜子の言葉に苦笑するものの、言う事は正しい。
今回の案件は、長期戦になることも充分に考えられた。
長期戦になると不利、という内容ではなかったが、精神的疲労は避けられない。

そして仮に類が勝訴したとしても、司との間の蟠りは残る。
痛み分け、ではないが、ある意味最も望んだ形での決着になりそうだ。
事実、辛辣な事を口にした桜子からも、安心した様子が見て取れる。

「まぁ、でも本当に良かったよ。でさ…つくし…」
滋が手にしたワイングラスを置き、つくしの方に向き直る。

「司の記憶。戻ったの?」
「え?」
「…実はさ…。前から司の処と取引があったんだ」

滋が経営する会社はまだ新興企業とはいえ、バックにあるのは大河原財閥。
ビジネス上、道明寺と繋がりがあっても不思議では無い。

「この前、打ち合わせで司と会って。
時間が無かったし他人(ひと)も居たから、余り話せなかったんだけど…
その…何て言うか…。今までと様子が違っていたからさ…」
滋にしては珍しく、口が重たい。

「私も…
先日お客様のお話で、道明寺さんが離婚なさったって伺いましたけど…」

桜子もそう告げつくしの様子を窺う。
つくしがあまり驚く様子を見せない事から「やっぱり…」と呟く。

「え? 何が…?」
「先輩はご存じだったのですね。
道明寺さんの記憶が戻ったことと離婚されていたこと」

そのものずばりを言われ、思わず優紀と目を合わせる。
『仕方ないね…』と言うように頷くと、簡単に、記憶が戻った現場に居合わせたこと、離婚は本人から聞いた事を告げた。

「それで、先輩はどうなさるんですか?
道明寺さんの事です。
離婚して、先輩を迎えに来たとでも仰ったんじゃないですか?」
「え…っと…」
勘の鋭い桜子に誤魔化しは効かない。

「どう…って言われても、どうもしないよ。
…道明寺とは…もうとっくに終わってる…」
「…それで、宜しいんですのね…?」

うんと頷くつくしの心は、思ったより穏やかだ。
長い間、彷徨っていたのが嘘のように。
哀しかったのも、苦しかったのも事実。
それがようやっと『過去』になった。
司と向き合ったあの日に。

つくしの吹っ切れたような表情に、3人が笑みを浮かべる。

「良かった。つくし」「…先輩がいいなら、良いです」「じゃあさ…」
興味深げに滋が詰め寄ってきた。

「やっぱりつくしはルイルイが良いの?」
「…へ…!?」
突然出て来た類の名を聞き、素っ頓狂な声を上げる。

「そ…そんな…花沢類とは別に……」
言いながらも思い出すのは、同じ日の夜のこと。
途端につくしが耳まで真っ赤になる。

「なになに? つくし。何かあったの?」
「な…っ。何でも無い。ナンデモナイ…」

必死に首を振るのだが、滋に加え桜子まで詰め寄ってくる。
首がもげるのでは? 
という程に横に振るつくしの姿を楽しそうに見ていた優紀だが、ふと思いついたように、「そうか…」と声を上げる。

「な…っなに? 優紀」
これ以上詰問されては叶わないと、助けを求めるように尋ねると
「そういえばね…」と続ける。

「この前の夜勤の時、病院内で花沢さん? らしき人の姿を見たのよ。
面会時間とかじゃなかったし、お見舞いにしては変だな? と思ったのよ」
「花沢類が…?」
「うん。後ろ姿だったし、ちらっとだから違うかもしれないんだけどね」
優紀の言葉に、一同「何だろうね…?」と首を捻る。

「あ…、もしかしたら、鳴沢先生にお話だったのかも?」
「鳴沢先生って、外科の?」
「うん。実は今回の件で、色々と協力して貰っていたんだ」
「そうなんだ…」
「あ、それに帝都大学病院でしょ? 
確か民進党の代表者が、今極秘入院してるんだよね」
「滋さん。よくご存じですね」
「…あの、それは一応、内緒なのであまり…」

優紀がそっと言う言葉に「うん、判ってるから」と応じる。
この話しは終わりとなり、また別の話題へ流れたのだが、つくしにはこの話が、小さな小さな棘として心に残っていた。


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