駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 87

第87話



和解原案が出来上がったというつくしからのメッセージを目にし、番号を表示する。
12時に近い時間だが、明日は週末。
メールと電話、少し迷って通話の方を選ぶ。
類の予想より早くつくしが出た。

『…もしもし…? 花沢類…?』
少々驚いてはいる様子だが、寝ぼけた感じはない。

「…うん。…寝てた?」
『ううん、大丈夫。…実は今さっき帰ってきた処なの』
「え…?」

こんな時間に…? と未だ職場に居る自分を棚に上げ、批判的な声になる。
つくしの口から、桜子達と居たこと、断ったのに自宅まで送って貰った事が告げられ、少しだけ安堵する。
つくしの住むマンションは、駅からそう遠い訳では無いが、何しろごくごく一般的な住宅地。
夜間になれは人通りも少ない。

-遊びに行くなとは言わないけど、遅くなるのは問題だよな…
つくしの言葉を聞きながら真っ先に浮かんだ考えが、それ。

『花沢類…? どうかした…。 もしかして、まだ仕事?』

一方のつくしは、電話の向こうの類が何となく不機嫌なのは感じたが、その理由までは判らない。
少しだけアルコールが入っていたこともあり、つい「楽しかったよ」等と話してしまったが、仕事中の類からしたら、不謹慎な発言だったか…? 
と見当違いな考えが浮かぶ。
心配そうに尋ねるつくしの声に、柔らかく「否」と答える。

『でも…まだ会社?』
「ん……」

曖昧に濁す類に、早く帰ってゆっくり休んでと告げるつくし。
他愛も無い会話。
なのに類の心の中に、温かいものが宿る。
それを消したくない。失いたくない。

「…牧野…」
『…なに…?』
「和解判決の前に、会える?」
類の言葉に思わずどきりとする。


「会える?」

類の顧問になってから、何度も待ち合わせはしている。
会う予定を決めたことは、一度や二度処ではない。
けれどそう問われたのは、再会してから初めてかもしれない。

『うん。…会いたい…』

「会える」ではなく「会いたい」
つくしから自然と洩れる本音。
類が思わず目を丸くし、次の瞬間、これ以上は無いと言うほどの笑みを浮かべる。

「……ん……。俺も会いたい……」
類の口からも自然と本音が洩れていた。








いつになく目覚めのいい朝。
昨晩、つくしとの電話を終え帰宅した時は真夜中。
決して長い睡眠時間ではないというのに、頭は驚く程クリアになっていた。

ここ最近、本当に調子は良かった。
田村に事情を説明してから、スケジュールがかなり緩和されている。
長時間移動の出張はそれとなく常務達に割り振らせ、昨晩のように夜が遅い時は、翌日の予定も遅めになる。
周りがおかしいと思い始める頃には、裁判は終わっているだろう。
その時まで誤魔化せれば良い。

-あと…残るひとつの問題は…

ゆっくりと起き上がり、プレスされたシャツに袖を通す。
堅い襟足は幾度となく着ても好きになれず、一番上のボタンは開けたままで、ベッド脇のスマートフォンを手に取る。
片手で番号を表示し、通話ボタンを押す。
数コール後に相手が出て、簡単に用件を伝えると電話を切った。
再び操作し、表示されるひとつの名前。
類の手が止まる。

軽くため息をつきつつ通話しようとしたところで、類の身体が傾ぐ。
尋常では無い痛み。今までにない程に。
慌てて掛かっている上着のポケットを探る。
飲み慣れた、苦い鎮痛剤の味。

-まだだ…。まだ早い…。
肩で息をしながら、襲い来る痛みが過ぎ去るのを待っていた。




「社長。田村です」
予定時刻になり、マンション入り口のインターフォンに声を掛ける。
いつもなら多少の間の後、自動ドアが開くのだが、その気配がない。
不思議に思い、もう一度同じ行動を繰り返すが、やはり反応がない。

-まさか…?
先日より渡されたスペアキーで中に入る。

「社長…!」
ドアを開け足早に中に入ると、寝室近くのリビングで蹲る類の姿。
慌てて駆け寄る。

「社長…。直ぐ病院に…!」
「さ…わぐな。大丈夫…だ…」
類が大きく息をしつつ答える。

「もう少し…すれば…落ち着く…」
「……否、駄目です」
田村が即座に否定の声を上げる。

「行かれないのでしたら、今後の協力は一切致しません。
無論、すべて会長にご報告致します」

予想外のことを告げられ、類が言葉に詰まる。
今ここで田村の協力を無くすわけにも行かない。
類が身体を起こす。

「立てますか…?」
「…ああ、大丈夫だ…」

とはいえここで無様に担がれるのは何とも癪に障る。
類は気力で立ち上がった。





VIP専用の出入口から中に入り通された部屋で待つことしばし。
慌てた様子で鳴沢が駆け込んでくる。
類の状況を見て、深くため息をついた。

「花沢さん…」
「…先生の仰りたいことは判ります。
入院…しろと言うなら従います。
けれど…あとひとつ。
どうしてもしておかなければならない事があります」

類の揺るぎない眼。
目穏やかそうに見えるこの青年の何処に、これ程の強さがあるのだろう?
鳴沢も仕事柄、幾人もの人を見てきたが、ここまでの信念を持つ人間は見たことがない。
諦めたように頷いた。



鳴沢も田村もいなくなり、一人になった病室。
今日の仕事は田村が上手く調整するため、とりあえず一日入院という形になった。
立ち上がり窓をそっと開ける。
既に11月後半。
眼下に見えるソメイヨシノは紅葉し、幾つかは既に落ち葉となっている。


移りゆく季節。
日本に帰って来た時は桜の季節だった。
次の桜の季節を迎える時、どうなっているのだろう?
願わくば、そのとき隣に居るのがつくしであればいい。
そのためにはどうしても今、やっておかねばならない事がある。


スマートフォンを取り出し、先程掛けられなかった番号を表示する。
ここ近年、仕事以外で話をしたことのない人物。
数コールの後、相手の低い声が耳に届く。

「…話がある。司」


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