駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 88

第88話



外出先から戻った司が、西田から書類を渡される。
秘密裏に調べさせていたもの。
西田が下がり一人になった処でそれに目を通す。

予想もしていなかった内容。
否、それは少し異なる。
何処かで嫌な予感がしていた。
法廷の向こう側に立つ、類の姿を見た時から。

書類を机の上に置き、目を伏せる。
と、同時に上着の懐に入れたスマートフォンが鳴った。






類の電話を受けて直ぐ、午後の仕事をキャンセルし、伝えられた部屋へと急ぐ。
類は青白い顔色で点滴はしているものの、ベッドから起き出し窓を開け外を眺めていた。
部屋に入ってきた司に気付いた類が、顔をこちらへ向ける。

「早かったね」
「…ああ…」
司がドアを閉めると、類もゆっくり窓を閉めた。

「…何か飲む?」
「否」
そんなことはどうでもいい、と言いたげな司の眼。

「…とりあえず、座りなよ」

眼で奥のソファを示すと、自らもベッド脇に腰を下ろす。
そうしなければ、類は口を開きそうも無い。

「……あんまり驚かないんだ。…知ってた?」
「否。さっき知ったばかりだ」
「流石『道明寺』だね。絶対判らないと思ったのに…」
「…相当、苦労したらしいがな」
「…そ…」

言う類の方も、驚いた様子は見せない。


「類、お前…」「最初は、只の疲れだと思った」
司が尋ねようとした言葉を遮るように口を開く。

「仕事を本格的に始めて、慣れない独り暮らしのせいだろうと思ってた。
それより早く日本に帰りたかったから、大して気にもしてなかった」

日本に帰りたい。
それが単なる場所ではなく、本当は誰の元に帰りたかったのか?
今の司にはよく判る。

「そんな頃だよ。牧野からメールが来たのは。
謝りの言葉ひとつだけ。何かと思った」
「…………」
「同じ頃に司、お前のゴシップネタが載った。
…牧野かと思った。最初は…。本当に一瞬だけは」

司は口を開き掛けて止める。
今は、何を言い訳するつもりもない。

「だからなのか。あの謝りのメールの意味は、と思った。
日本に帰って問いただせば良かったのに、躊躇した。
司、お前の元にいる牧野を見たく無くて。
そうこうしているうちに、変化に気付いた。
……1年。最初の医者にはそう言われた」

司の顔が一歪む。
が、類の表情に変化が無い。

「何もかもどうでも良くなった時、仕事で知り合ったのがゲオルグ。
俺の事を知って、治験者になってくれないかと言ってきた」
「…………」
「…罰かと思ったよ。牧野のことを疑った罰かとね。
あの時、直ぐ帰っていれば、こんなことにはなからなかったと、何度悔やんだか判らない」

言葉の内容とは裏腹に、淡々と続ける類。

類の言葉はある意味、正しくは無い。
司の中の冷静な部分はそう告げる。

類が日本へ帰っていれば、ゲオルグと会うことは叶わず、認可されている治療方法を受けた後、既にここには居なかっただろう。
帰らなかったからこそ、新薬の治験者であったからこそ、今ここに類が居る。

でも、それが正しかったのか否か。
それは司だけで無く、類自身にも判りはしない。


「可能性に懸けた訳じゃ無かった。
もうどうでもいいと思ったから、ゲオルグの好きにすればいいと思っただけ。
…けど、そのお陰で1年の寿命が5年に延びてる」

類が口だけで笑う。
司の表情は硬いまま。

先程司に渡された書類には、フランス滞在中の類がしばしばゲオルグの元を訪ねた事が記載されていた。
更にはその前受けた、類の診断書も。
それらを掛け合わせれば、導き出される答えはひとつしかない。
類は治験者の一人。
恐らく、ゲオルグにとっては最後の患者。


「…愚かなる 吾れをも友とめづ人は わがとも友とめでよ人々…」
流れるように類の口から洩れる句。

「留魂録…。松蔭か?(※)」
「そう…」

-辞世の句のつもりか…?
そう言おうとした言葉を止める。

目の前の男は、貴公子然したその姿とは裏腹なリアリスト。
『辞世の句』等という、ヒロイズムに浸るような趣向は持たない。
これで本当に最期だと思うなら、何も残さず黙って消える。
そういう男だと、司は嫌という程知っている。


どうでもいいと思っていた類を変えたのは、つくし。
あの姿を目にし、あの声を聞き、あの肌に触れた途端、捨てた筈の生への執着が甦る。
今の類に、辞世の句を詠むつもりなど毛頭無い。


「頼みがある」
類が司の方に向き直る。

「司に頼めた義理じゃないのは判っている。
けれどこれは、司にしか頼めない」

類が今から言う事は、司にとって過酷な頼みだと判っている。
様々な意味で。
それでも今は、司に頼むしかない。

「……言ってみろよ……」

司の促す言葉に、類の口が開いた。








病室のドアを出た司に、西田が駆け寄ってくる。
無言で車まで行った後、司がこの後の予定をすべてキャンセルするよう告げた。

「ですが…副社長」
「…一人にさせてくれ…」

いつにない司の態度と言葉に、西田は黙って引き下がる。
明日朝は予定通り迎えに行く旨を告げると、司は黙ったまま頷き車に乗り込んだ。

仕切られた車内に一人。
類の言葉が甦る。


昔、類を憎いと思ったこともあった。
つくしの思いが、類に向かうのを許せないと思う気持ちは、今なおある。
けれど、類自身の破滅を望んだ事など無い。


「……本当に…残酷だな。……運命の悪戯って奴はよ……」
やるせない虚しさが司を襲う。


「……『約束』……守れよ……。………類………」

誰にともなく司が呟いた。




※ 留魂録:吉田松陰が松下村塾の門弟のために著した遺書。


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