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駄文置き場のブログ 2nd season

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In The Forest 8

第8話


「宜しくお願い致します」
事務所に現れた女性は、疲れた顔をしながらもつくしに頭を下げる。

話の概要は、ほぼ志朗から聞いていた通りだった。

「では山口さん。貴女の方から退職したい旨を言った訳ではないのですね?」
つくしの質問に女性が頷く。

「元々、チーフからは言われていましたし…私も、こんなことになって、少しは調べました。
今は妊婦以外に女性の優遇規定は少ないけれど、子供が居るなら残業時間の調整は効く筈なので(※)何とかやっていけるかと。
ですが…」

問題になっているのは直属の上司ではなく、その上、所属している課長だという。

今日日珍しく男尊女卑的な考えの持ち主とのことで、女性社員へのお茶くみの強要や、結婚後に退職を迫るといったことが過去にもあったそうだ。

「あー…居るんですよね…何処にでも…」
つくしが思わず呟くと、隣に座る志朗がまぁまぁ…、と宥める。

「その他に、会社側へ何か要求をしたりはされましたか?
…例えば…配置換えとか…?」
「いいえ。今のチームの方は、大体の事情は判って頂けていますし、職場は近いうえに、社内に保育園があるんです」
「へぇ…。凄いですね」

男女均等とはいえ、育児や介護は未だ女性の方が負担が大きい。
育児休暇は男性にも付与されるのだが、それを取得する人は少なく、社内に育児をしながら働ける環境が整った処も、未だ少ない。

「お勤めは…」
言いながらつくしが手元の資料を捲る。
ぱらぱらと捲る中、ある一文の処で手が止まった。

「……花沢…物産…?」
「はい。そうです。元々は派遣だったんですけど、雇用試験を受けてやっと正社員になれたんです」

だから辞めたくはない、と訴える女性の声は、つくしの耳には届かない。
資料を持つ手が僅かに震える。

「……先生…? どうかなさいましたか?」
尋ねる声にも反応しない。

「………牧野先生………」
つくしの様子の変化に、隣に座っていた志朗もそっと声を掛ける。
慌ててつくしが、手元の資料を閉じた。

「あ、すみません」
「あの…何か問題箇所でも…?」
心配そうに尋ねる女性に、慌てて頭を振る。

その他細かい点を詰め、つくしの方から会社へ連絡し、訪問日時が決まったら連絡する旨を伝えた。




その日の仕事を終える時には、辺りは真っ暗になっていた。
美和は既に帰り、志朗と貴子は顧客先から直帰。
帰ろうか…? と思った時に目に入ってきたのは、午前中に打ち合わせをした資料。

「花沢物産」

この仕事をしている以上、何処かで目にはするだろうとは思っていた。
とはいえ、精々子会社くらいで、関わりも少しだけ、とタカをくくっていたのかもしれない。
まさか大元の親会社、しかも真っ向勝負とは。
もう一度資料を読み返し、軽いため息をついていると、事務所のドアが開く。


「あら、牧野先生。遅いですね」
「貴子先生? あれ? 直帰じゃなかったでしたっけ?」
「うん。そのつもりだったんだけど、預かった資料が重くて戻って来たのよ」
重そうな鞄をよっこらせ、と机に置く。

「まだ掛かりそう?」
「否、もう上がろうかと…」
「そうなのね。じゃあ…」
言いながら、貴子が台所の方へ向かう。
戻って来た時には、両手に缶が2つ。一つはビール、もう一つは缶カクテル。

「どっちにする? つくしちゃん」
「え…でも…」
「もう仕事は終わりでしょ? 1本くらいは付き合って。今日は外回りで疲れちゃったわ」
「じゃあ…」

アルコール度数はどちらもそう変わらないので、飲みやすそうなカクテルの方を手にする。
貴子がプルトップを空け、ビールを流し込み、幸せそうな顔をする。

「はー美味し。…おつまみはあったっけ?」
「あ、確か、お煎餅と甘いものがありましたよ」

つくしが立ち上がり、菓子箱を手に戻ってくる。
資料をしまうと、つくしも缶の蓋を開けた。

しばらくは、今日回ってきた先のことを話していた貴子だったが、徐に真顔になり、つくしに向かって口を開く。

「ね、つくしちゃん。今回の件、きつかったらシロ先生に任せれば?」
「……え……?」
「山口さんのマタハラの件。元々は、シロ先生が担当だったんだし…」

言って、残り少なくなったビールを煽る。
志朗や貴子に、英徳でのことを言ったことはないが、清之介から多少は聞いているのだろう。
おまけに自身の経歴書には出身校も載っている。
F4は英徳の外でも有名で、今なお世間の話題に上がってくる。

今日のつくしの態度で、志朗が何かを察したのだろう。
だからこうして、貴子が戻って来てくれたに違いない。
2人の柔らかな気遣いに、思わず泣きそうになる。
つくしも缶を煽った。

「…大丈夫です。受けた仕事だし…。
山口さんは本当に困っているから、何とかしたいと思うんです」
「そ…」
しっかりとした口調のつくしに、貴子もそれ以上は言わない。

「ま、何かあったら言って。
こう見えてもこの道長いからね。それなりのツテはあるのよ」
「…はい…」
貴子の笑顔に、つくしも笑顔で返す。

「さて、じゃあ帰りますか…
あ、つくしちゃん。うち寄ってかない?
今日はシロ先生が食事当番だから、きっとカレーだよ」
「え…でも…」
「あら、嫌いじゃないでしょ? 
まぁ、味はどうだかわからないけど、褒めてくれれば助かるな~」

そうすれば、また作ってくれるからねと、ウィンクする。
今日は貴子の好意に甘えることにし、大きく頷いた。



※時間外労働の制限(男女とも適用)
小学校就学前の子供を養育、要介護を必要とする家族を介護する労働者が請求をしたときには、
1月24時間、年間150時間を越えて労働延長をしてはいけない。
(育児・介護休業法第17・18条関係)


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Category - 本編 『In The Forest』(完結)

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