駄文置き場のブログ 2nd season

□ 本編 『In The Forest』(完結) □

In The Forest 91

第91話



「シロ先生。直行にしてしまい申し訳ございません」
「否…。大丈夫ですか?」
「…はい、何とか…」
裁判所の控え室で志朗に挨拶をする。


結局あのまま類の病室で一晩明かした。
椅子に座り話をしていたはずが、気付いたときには類の隣で眠っていた。
ぼうっとしながら眼を開けると、ビー玉の瞳がこちらを見ながら、長い指先をつくしの黒髪に絡ませている。

「はっ…花沢類…!?」
「……呼び方戻ってる……」
驚くつくしに対し、類は変に拗ねる。

「る…類…って、今はそうじゃなくてその…
あれ、今何時だろ…?」

慌てて時計を見ると6時半。
がばっとベッドから起き上がる。

ここから直接事務所に行くならまだ余裕があるが、今日は裁判の日。
資料は手持ちであるのでこのまま裁判所に行くことは出来るが、化粧をしたまま寝た酷い状態。
服もスーツに着替えたいので、この状態で行くわけにもいかない。
それに最近は美和に任せっぱなしの、始業前の雑務もある。


「ど…しよ…。時間が…」
「車を呼ぶから一旦家に帰って、それから直接裁判所に行けば大丈夫だろ?
法廷は10時からだし」
「それは…そうだけど…」
「どちらにしても7時に迎えに来る。田村には言ってあるから大丈夫だよ」
「あ…う…ん。じゃあ…今回だけ、お世話になります」
「…だから、あと30分眠れる」

言って再びつくしをベッドに引き摺り込もうとするのを、慌てて止める。
宥めているうちに時間5分前になり、田村と検温のための看護師が現れる。
その姿に、つくしが驚いた。

「優紀…? どうして…?」
「先生に頼まれたの。大丈夫。誰にも言わないから。
花沢さん。私が担当になります」
「…ん…」

看護師としてキャリアを積んでいる優紀には、特殊な事情にも慣れた様子だ。
類の態度は端から見れば愛想はないものの、つくしの親友ということで優紀を拒絶する意思がないことを示す。

つくしが優紀と話をしている間、類が田村に今日の段取りを告げる。
田村は心得たように頷くと、つくしを促した。

「…じゃあ…行ってくるね。…終わったら来るから」
「ああ…。待ってる…」

短いが、すべての思いが詰まった類の言葉。
類の笑顔に後ろ髪を引かれる思いのまま、つくしは病室を出た。



つくしは自宅に戻るとシャワーを浴び、着替えを取り出す。
髪を乾かし化粧を施す。
最後に書類の確認も忘れない。
志朗に電話し、直接裁判所に行くことを告げる。
戦闘準備が完了した処で車に戻ると、田村が「差し出がましいようですが…」と、つくしに紙袋を差し出す。
中にはつくしの好きなバケットサンドと飲み物が入っていた。
食べ物を見た途端、つくしのお腹が鳴る。

「社長よりお好きだと伺いましたので…。
どうぞこちらでお召し上がり下さい」
「あっ…あの……すみません。ありがとうございます」

真っ赤になりながら礼を述べると、田村も会釈を返す。
田村が気遣い、後部座席の仕切りをしてくれたこともあり、好意を素直に受け、バケット一口頬張る。
噛みしめる毎に、エネルギーがチャージされる感じがする。

-うん。大丈夫…。
口に広がる美味しさに笑みを浮かべながら、そう心の中で呟いていた。




裁判所に近付くに連れ、傍聴希望者らしき列を目にする。
報道関係も多そうだ。

「裏の方へ付けますか…? それとも少し離れた場所にでも…」
「……否。このまま表に付けて下さい」
胸に手を当て、そう告げる。

類は裁判の時、常に正面入口から裁判所に入っていた。
今のつくしは類の代わり。
マスコミも何でも、受けて立ってやろうじゃないの…!

黒塗りの外車のドアを田村が恭しく開けると、つくしは一歩を踏み出す。
周りの唖然とする視線の中を一歩、また一歩、力強く歩き出した。




「……シロ先生。これなんですけど……」
控え室でつくしが、類から受け取った手紙を渡す。
志朗がそれを開け、ざっと目を通した後、僅かに眉を顰める。

「これ…やはり全部読まないと駄目でしょうか…?」
困惑気味に尋ねるつくしに、読み終えた志朗がそれをつくしに返す。
車の中で、既につくしはそれを読んでいた。

「ご本人が来ていれば、これを全部読んだと思いますか?」
「…多分…」
類の考えは、今のつくしにはよく判る。

「花沢さんが牧野先生にこれを渡された、ということは
何処まで読むかは牧野先生に一任する、ということですね。
牧野先生の考えた通りでいいと思いますよ」
後押しするように志朗が微笑む。

「はい…。ありがとうございます」
つくしが礼を述べると、事務員が開廷時間を告げに来た。




法廷には既に傍聴人が入っており、テレビカメラが設置されている。
裁判員3名が入廷し、2分間の撮影の後に開廷される。
向こうの原告席には司の姿が、傍聴人席には総二郎とあきらの姿が見えた。



「被告代理人」
呼ばれつくしが立ち上がる。

「今回の和解に際し、本訴被告がゲオルグ・リートミュラー氏より預かった謝罪文をここで読み上げ、確認書類として提出致します。
ですが…」
一旦ここでつくしは言葉を句切る。

「この謝罪文については、当時、表に出るか判らなかったため、本訴被告宛の手紙として書かれております。
そのため後半部分は、本訴被告宛の個人的な私信となっております。
本件と関係ない内容のため、割愛したいと考えておりますが、如何でしょうか?」
「原告代理人」
促され、先方弁護士が立ち上がる。

「差し支え無ければ、その内容を簡潔にお知らせ願いたい」
「本訴被告に対する感謝となっております。
金銭的バックアップに対する礼と、人生最期に信頼出来る友人を得られた礼が綴られております」
つくしがそう告げると、
先方弁護士は「了解致しました、然るべく」と続ける。

「では被告代理人、読み上げて下さい」
つくしが軽く頷き、謝罪文を読み上げる。

薬の効果が当初の発表した程無かったこと。
薬品販売停止を訴えたが会社側に聞き入れて貰えず、その場で諦めてしまったこと。
自分の妻が同じ病気に掛かり、初めて患者家族としての気持ちが判ったこと。
自らの奢りと怠慢を詫びる内容が語られる。



つくしはその内容を読みながら、公にはしない後半部分
ゲオルグから類に当てた、最期の手紙の内容を思い返していた。




ルイ。君がこの手紙を読む頃には、私はこの世に居ないだろう。
君には本当に感謝している。
君の協力のお陰で、新薬の開発をここまで進める事が出来た。
まずはそのことに感謝を述べたい。
そして人生の最期に、君という友人を得ることができたことにも。

そして私は、君にも詫びねばならない。
結局私は、治療薬を完成させることは出来なかった。
ルイ、君の身体に巣食う病魔を取り除きたかったのに、私にその時間はもう無いようだ。
許してくれとは言わない。
結局、不用意な期待を持たせてしまったのかもしれない。
それでも私は、君にあの眼を持ったままで居て欲しくはなかった。
あの希望も何も無くした君の姿は、仁実にも、君のお祖母様にも見せることはできなかったからだ。

私からの感謝と詫びの気持ちとして、この処方箋に関する一切の権利をルイ、君に譲る。
間も無く日本に帰ると言っていたね。
日本の帝都大学病院に、かつての私の教え子がいる。
彼には君のことを、名前は伏せて伝えてある。
日本に戻った時は、彼を訪ねて欲しい。
医師としての使命感を持つ、口の堅い男なので、余計な心配は要らない。
病気に関する事例は、彼の方が現役で詳しいはずだ。
きっと君の力になってくれるだろう。


私は仁実と過ごした期間以上の年月を独りで過ごしてきた。
端から見れば、皆、早くに伴侶を亡くした私を不幸だと言うだろう。
けれど私は、そう思ったことは一度も無いよ。
勿論、仁実にはもっと長生きをして欲しかったし、今ここに仁実が生きていれば、どれ程良かったかと思う。
けれど、仁実と出会えない不幸ほどないと、私は思っている。
彼女と出会えた。
彼女の夫となり、彼女を妻とし、一緒の時を過ごすことが出来た。
それだけで幸せだったのだから。

だから類。どうか諦めないで欲しい。
「君が本当に望む未来を歩んで欲しい」
何度もそう言ったね。
それを今一度、君に告げたい。
どうか、君が本当に望む未来を歩んで欲しい。
諦めや妥協で、敷かれたレールの上を歩くのではなく、本当に望む未来を。
願わくばそのとき、君が望む人が隣に居てくれればいい。
そう、私は願っているよ。




-類はこれをも発表するつもりだった。

つくしには判る。
裁判でこの病気は世間的知名度を上げた。
それを決定付けるために『花沢類』という格好の餌で注目を集めること。

だが、それだけは出来なかった。
今まで孤独な闘いをしてきた類を、これ以上晒し者にしたくはない。
弁護士として、依頼人の意を汲まないのは失格なのは判っている。
個人の感情を最優先にするなど、言語道断。
それでも、このことは譲るつもりも無い。
これだけ類の身を案じてくれたゲオルグも、きっとそんなことは望んでは居ない。



つくしの代読する声が法定内に響き渡る。


「…私の力不足により、このような現状となったことを恥じると共に、改めて患者及び患者家族の方にお詫び申し上げます。
……以上となります」

最後の一行を読み終えたつくしは、それを裁判長に差し出した。


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